| 2026.07.13 |
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2008.07.13 中郡−成島 Mamiya645PRO SEKOR210oF4N RVP100
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早くも梅雨が明けたのか、この日の置賜地方は飯豊の山々から乾いた熱風が吹き下ろし、夏本番の様相を呈していた。お陰で従妹の結婚式からの夕方予備校での講義からの終夜運転という滅茶苦茶な行程をチバラギ氏のご協力で乗り越えて必死で米坂線に乗り込んだ甲斐あり、手ノ子俯瞰でA3運用のタラコ40+ツートン52、間瀬橋でA1の急行色ゴッパ・ニッパと狙い通りの成果を上げることができた。国鉄色祭りだった今日の最終カットはここ、中郡の俯瞰。汗だくになりながら斜面を上がり、新潟色のキハ47・52を撮りながら本命を待った。
A1運用は、急行「べにばな」で長駆新潟から米沢まで走り抜けた後、米沢−今泉の区間列車を2往復担当する。2往復目は、長かった午後の陽がようやく傾いてきた夕刻のスジ。16時半過ぎ、緑の絨毯の中を滑るようにクリームと赤のキハ58がやって来た。遠景の飯豊連峰がぼんやり霞むのもまたをかし。165oを付けたペンタ67と2台切りで、210oを装着したマミヤ645のシャッターを切った。この後は、17時台のタラコ・ツートンまで撮って大満足の1日となった。 最近はこんな満腹感を感じることもなくなったが、それもそのはず、この1枚を撮ってからはや18年の月日が過ぎている。この頃産声を上げた赤ん坊がもう成人になるのだから、鉄の世界だって激変するわけである。キハ58系列はいすみのキハ28の引退をもって形式消滅したし、国鉄型気動車として注目を浴びるのはもはやゴーニーでもゴッパ・ニッパでもなく40系列となった。しかも屋根がツルツルだったり窓が魔改造されていたりライトがLEDになっている個体に血眼になっているのだから、オジサン世代的にはよく考えると苦笑い。我々はいつまで納得する被写体を追い続けられるのだろうか。 |