| 2026.08.25 |
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2001.08.25 新疋田−敦賀 Mamiya645SUPER SEKOR210oF4N RVP(+1)
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25年前の夏は、就活をどうにか終わらせて愛車スーパーカブで北東北に乗り込んでいた。狙いはヨンパーゴ「はつかり」にナナゴ貨物、それに盛岡ローカルのキハたちであった。フェリーで仙台に上陸した初日こそ雨に祟られて合羽に身を固めながらみじめな4号線一人旅、古川のジョイフルで夜を明かし、打ちひしがれて盛岡のスーパー銭湯に転がり込んだが、数日後からはバリ晴れ連発。花輪線や山田線の無人駅を寝床にしながら狂ったように国鉄型を追い回し、最後は台風に追われるように秋田からフェリーに乗って敦賀に帰着したのだった。
しかし、若さというのは凄い。都合2週間の東北放浪ツーリングを終えた後でも撮影意欲はとどまるところを知らなかった。福井嶺南が快晴であることを知ると、京都への帰り掛けに鳩原ループに寄り道。ほどよく「日本海4号」が来るはずだ。狭い林道にカブを停め、踏切のインカーブ側でマミヤに210oを構えた。プー、プーと列車接近を知らせる警報音が鳴ると、トンネル出口の木々がざわめく。間もなく濃紺のマークも誇らしげにローズピンクのEF81が寝台車を従えて姿を現した。この後もしばらく現地で粘り、「雷鳥6号」「加越4号」「しらさぎ4号」まで撮ってようやく撤収したのだった。 だが、旅はこれでは終わらなかった。その晩から今度は18きっぷ片手に「ムーンライトながら」で上京し、翌日は南福島で「リバイバルひばり」を撮影。よく気力と体力が持ったものだと我がら感心するが、当時はそれだけ情熱を注ぎ込めるような魅力的な被写体が溢れていたのだろう。先日自分も参加しているJNR写真家協会「DD×EF」写真展に在廊し、諸先輩方が撮影してきたカマの勇姿に触発されてこの1枚を選んだのだが、ベテラン諸兄と「もう暑い中撮りに行くほどのものもない…」と昔話ばかりが盛り上がり、四半世紀前のあの頃の熱意が無性に懐かしくなった。 |