鉄路百景 GALLERY05.筑豊・久大 汽車の旅03

GALLERY05 筑豊・久大 汽車の旅

3.久大本線客レキャンプ 1999

昼間の暑さもようやく和らぎ始めた17時40分、名門大洋フェリー第1便は、ゆっくりと大阪南港の岸壁を後にした。昨夏に続く2度目の久 大客レ撮影行は、愛車スーパーカブ号での初遠征。翌朝新門司に上陸して山口県下でブルトレや美祢線のキハ団臨を押さえ、そこから由布 高原に乗り込もうと欲張った計画を立てた。

移動手段が少なく撮影効率の悪さに悩まされた昨年、朝の由布岳バック50系をはじめ“足”がないために貴重な晴天を無駄にして悔しい思 いをしたことも少なくなかった。今回こそは“自分の足”を確保することにより、バッチリ激Xを極めてやる!黄昏に浮かぶ明石海峡大橋 を見上げながら、早くもあれこれと撮影地の候補が頭の中に去来するのであった。

しかし、得てして計画というのは思い通りには実行できないもの。8月8日の美祢〜山陰〜山口線を走るキハ52 128 の臨時列車に合わせて 2日前に現地入りしたはいいが、空模様は毎日曇り or 雨…。シャッターも切らずにロケハンに徹する日が続いた。8日のキハ運転日も変 わりやすい猫の目天気。カブ号を厚狭駅の駐輪場に突放し、知り合いの方に便乗させていただいて追っかけを敢行したが、美祢線内はトッ プライトのカチカチ光線でいま一つ、本命の三見−玉江は踏切が鳴ってからゲリラ雲の襲撃を受けて撃沈、山口線内に入り、ようやく青原 の川沿い区間や篠目の発車でXを頂戴することができた。

99・08・08 東青原−青原 MamiyaM645 1000s SEKOR210oF4N RVP(+1)
 高津川に沿って津和野を目指すキハ52 128。当時最後の国鉄色52。コイツが走ると聞くと熱く燃えたものだった。

翌日はそのまま早朝の山口線でDD重連貨物を極め、折居に抜けて「おき」「い そかぜ」、そして返却回送の52を増結した「石見ライナー」を撮った。ここにきてやっと天候が安定してきた感がある。よし、今晩は頑張 って深夜回送して、翌朝は由布岳バックで迎えよう!

が、山陰線内で突放してもらい、単独で厚狭まで帰ってきて気がついた。九州に渡る関門の人道トンネルには閉店時間がなかったか?不安 になりつつ下関まで行くと、嫌な予感は的中!人道トンネルは22時までで営業終了。開門は翌朝6時とある。なにぃ…。当時は道路事情に 疎く、一般道の関門トンネル入口を知らなかったため、結局その夜は煌く星を眺めながら、海峡の潮風に吹かれて人道トンネル入口でマル ヨ。何とも悔しい出だしの躓きとなった(汗)。



予定より1日遅れで久大へ。先行していたロン隊長と合流して、客レ合宿 ’99 が幕を開けた。我々のベースキャンプは南由布駅。駅舎は きれいでベンチはマルヨに適した長椅子型。湯布院の市街に近く、買出しが容易で風呂にも困らない。そして何より今回最大のターゲット である由布岳バックのアングルの至近であり、早朝空を見上げてから行動パターンを決定できるのが大きな利点だった。

初日は曇天でロケハンに費やし、本格的に始動したのは12日から。由布岳が名物朝霧で見えないのを確認して、朝の12系を効率よく撮ろう と豊後中川までやって来た。まずはこの区間のハイライト、沈下橋の鉄橋を東側から俯瞰できる斜面に登る。九十九折りの獣道から標準レ ンズで眼下を覗くと、横がちに橋脚5スパンがぴたりとフレームイン。12系4両の1820レにはベストの長さである。7時40分過ぎ、朝日に サイドをぎらつかせて、DEと12系が現れた。

99・08・12 豊後中川−天ヶ瀬 OLYMPUS OM‐1 ZUIKO50oF1.4 KR
 朝の鋭い光を浴びて“沈下橋の鉄橋”を渡る1820レ。50oでまさにジャストのアングルに客車4連がきれいに収まった。

続いては、その一つ中川寄りの鉄橋を林道から見下ろすポイントへ。背後の国道がやや目障りではあるものの、ドライブスルーのお手軽立 ち位置からは12系3連のサイド撃ちがきれいに極まる。手前の河原の太公望を画面右下にあしらって、マミヤの150oで1821レを切り取った。

99・08・12 豊後中川−天ヶ瀬 MamiyaM645 1000s SEKOR150oF3.5N RVP(+1)
 渓流に竿を垂れる釣り人を横目に、12系3連の1821レが行く。やや後追い気味でも絵になるのが客レのいいところ!

昼の1823レは、この時期日が高くて撮りづらいことこの上ない。特に豊後森以西では完全に屋根だけ光るような光線である。こういう時は 俯瞰か遠景で狙うしかない。というわけで、ロン隊長に教えてもらった北山田の絶壁俯瞰に行ってみることにした。線路と併走する国道の トンネルの真上、コンクリで固められた絶壁の上から線路を見下ろす。足場はそれなりに広いが、何せ柵も何もなく数十メートル直下は道 路!あぁ恐ろしい。しかも、登り降りもかなりデンジャラス!! 1823レは、背後の山が若干マンダ〜ラになったになったのに目をつぶれば、 まぁ合格点で撮影することができた。愛車カブ号の所まで下山してきて、つくづく思った。もう行きたくねぇ…。

99・08・12 杉河内−北山田 MamiyaM645 1000s SEKOR210oF4N RVP(+1)
 杉河内の崖っぷち俯瞰より。真昼に下ってくる1823レは、夏場だと光線がかなり厳しい。

午後になると、天気は急速に崩れてきた。昨年来の課題、夕方の豊後中川の沈下橋廃屋俯瞰は今日は無理そうだ。一応現地を確認し、やっ ぱり曇天でダメであることを確かめてからベースキャンプに撤収。手元のメモによると、帰り掛け、豊後森の“スーパーそのだ”で閉店間 際の半額弁当を仕入れたことになっている。学生時代の節約ぶりがうかがわれるなぁ…(苦笑)。



キャンプ中、天候に恵まれず八方塞になったときには、温泉巡りを楽しんだ。由布院だけでも駅前の乙丸温泉や共同露天風呂の下ん湯、定 番ポイント引治の大カーブ近くには町営の温泉館があり、豊後森にはくす温泉クリーンランド、天ヶ瀬には有名な河原の露天風呂がある。 中でも撮影地に近く手ぶらでも入れることから、温泉館とクリーンランドにはよくお世話になったものだった。

8月半ばといえば、時期的には高校野球が盛り上がりを見せる頃でもある。昼の列車を撮影後、暑さに参って夕方まで温泉の広間で甲子園 の熱戦をテレビ観戦したのも懐かしい。前年は横浜高校がエース松坂大輔の快投で春夏連覇を成し遂げた。この年は、大分代表として地元 日田林工が出場。2回戦の聖望学園戦に勝利を収めて勢いに乗っていた。

さて、恥ずかしながら、この日の行動は記憶にも記録にも残っていないため、もはや再現は難しい。唯一確かなのは、決して天気はバリ晴 れではなく、日中の撮影成果がサッパリであったことくらいである。手元に残っているのは、夜の由布院駅でバルブした客レの並びのみ。 独特のオレンジ光に照らされた12系と、その背後にチラリと見えるDE10。今となれば、何とも贅沢な1シーンである。

99・08・13 由布院駅 MamiyaM645 1000s SEKOR70oF2.8 RVP(+1)
 夜の帳の下りた由布院駅で2本の客レが並ぶ。両車はこのまま滞泊して、翌朝それぞれ大分、鳥栖へと向かう。

撮影を終えて夜空を見上げると、日中の曇天が嘘のように星が輝いていた。夜の天気は当てにならないとはいうけれど、多少は期待が持て そうだ。明日こそ由布岳バックは極まるのか?祈るような気持ちでベースキャンプの木製ベンチに身を預けた。



未明にアラームで目を覚まし、まずは天候確認。白み始めた東の空には明けの明星が輝き、盆地の背後には黒々とした由布岳のシルエット が聳え立っているのがわかる。「いける!」大分方面へ出撃するというロン隊長と別れ、単独で定番の撮影地に向かった。アングルには一 番乗り。よしよし、男子の本懐、いよいよここに遂げられるか!? しかし、やはり夜の天気は当てにならなかった。間もなく稜線から日が 昇ろうかという頃になって、どこからともなく雲が流れてきて、瞬く間に双耳形のピークは雲隠れ。哀れ、男の野望は脆くも崩れ去ったの であった…。

仕方なく、この場からは勇気ある撤退。湯平のカーブまで逃げることにした。皮肉なことに、由布盆地を抜けると天気は快晴。棚田の中に 弧を描く線路が鋭い朝日に照らされていた。レンズはマミヤの210o。所々に落ちている影は列車通過までには抜けるだろう…が、その見込 みは甘かった。50系4連の4821レが来る直前になっても編成中程はマダラのまま。願い空しく、レッドトレインは車体側面に潅木の影法師 を映しながらファインダーを走り去っていった。画面全体に日が回ったのはその数分後。12系の4823レだけはどうにかXで極めることがで きた。

99・08・14 湯平−庄内 MamiyaM645 1000s SEKOR210oF4N RVP(+1)
 湯平のカーブにて4823レを迎え撃つ。8月も中旬に入ると、なかなか抜けない影に悩まされる。

今日の昼の1823レは引治で勝負。幾度もこの地を訪れているロン隊長曰く、引治付近というのはなかなかスッキリと晴れないとのことだが、 確かに昨年も定番カーブを極めるのにずいぶん苦労した。果たして今日は…やはり水分峠を越えると雲が増えてきた。画面の背後はもうモ クモク!それでも太陽の方角だけは青空が抜けている。いつもながら心臓に悪い撮影だが、どうにか客レを押さえることができた。

 99・08・14 引治−豊後中村
 MamiyaM645 1000s SEKOR210oF4N RVP(+1)
  引治の逆アングルから1823レを撮影。画像ではわかりにくいが、DEのキャブ
 の扉が開いているのはご愛嬌。

午後は再び峠を越えて由布盆地へ。由布院で約1時間のバカ停の後、4825レと列番を変えた12系4連を狙う。朝は雲隠れしてしまった由布 岳も、そろそろ姿を現しているだろうか。

鉄ちゃん数名が陣取るオーバークロスに到着。山頂には…やっぱり雲が掛かっていた(>_<)。とはいえ、ときに雲が切れてピークが顔を覗か せたりもする。よし、勝負だ!マミヤ150mmタテ構図で列車の後にピッタリ山を配し、青空ゾーンまで画面に入れてアングル決定。程なく踏 切が鳴った。やや低くなった光線を受けて客レが登場。バックの由布岳は…まぁ合格点か!

99・08・14 南由布−由布院 MamiyaM645 1000s SEKOR150oF3.5N RVP(+1)
 名所、南由布の由布岳バックを行く。天気は晴れベースながら、今日も山頂は完璧には抜けず…。

続いて速攻で引治にUターン。走らぬバイクにムチを入れるようにスロットルを回す。喘ぐように水分峠のサミットを越え、引治の定番カ ーブに滑り込んだ。今日はマミヤの210oで4820レを撮影。X!しかし、後で見るとDEがブレてナンバーの描写が甘くなっていた。駅に近 いといっても下り込みのポイント。中判で1/500sec は無謀だったようだ。トホホ…(泣)。

そして夕方は未だ極めていない豊後中川の沈下橋廃屋俯瞰へ。99年春の改正で久大線のダイヤも若干手が加えられ、夕方の1822レは通過時 刻が30分ほど繰り下げられていた。昨夏よりもここの難易度は数ランク上がったといえる。積年の課題をこなすことはできるのか?

国道から薄暗い斜面に延びる細道を上がると、絶壁の上にポツンと一軒怪しいあばら家がある。庭は荒れ果て、窓は割れ、屋根も抜け落ち る寸前。これはどこからどうみても人跡失せて久しい廃屋である。その庭先から標準クラスのレンズで沈下橋の鉄橋を真横に見下ろして撮 るのが通称“廃屋俯瞰”。昨年来4度目のチャレンジになる。今日も懲りずにいつもの位置に三脚を据えた。

まずは先行の「ゆふいんの森4号」を撮影。文句なしのバリ晴れでX!次の白いキハ58・28もX。だが、17時を回ると、恐れていた影の侵食 が始まった。画面右下から徐々に山影が迫ってくる。早く、早く来い!! どんなに必死に願っても、日本の鉄道というのは遅延こそあれ早発 はまずあり得ない。着実に日当は面積を縮めていき、鉄橋の右3分の1が暗くなったところで1822レが登場…。甲子園の日田林工より一足 先に、廃屋俯瞰に賭けた我が夏は青春の汗と散ってしまったのであった(泣)。

ちなみに日田林工はこの3日後、3回戦で青森山田に延長戦の末惜敗。勝負の世界はいつも厳しい…。

99・08・14 豊後中川−天ヶ瀬 MamiyaM645 1000s SEKOR70oF2.8 RVP(+1)
 これが沈下橋の“廃屋俯瞰”。客レは撃沈だったが、「ゆふいんの森3号」はバッチリ!

気を取り直して豊後森へ。のんびり流していくと、程良く大分からの4822レが到着する頃だ。駅裏の駐車場に回って思わず息を飲んだ。時 刻は19時前、長い長い夏の九州の夕方もようやく終わりを告げようとしていた。稜線近くまで高度を下げた太陽が、斜光線で全てを金色に 染め尽くす。線路も、ホームも、そして仕業を終えて静かに佇む50系も…。何か映画の1シーンでも見ているような光景。急いで機材を出 してシャッターを切る。ひたすら何枚も、何枚も。露出は勘。偶然出会えたこの一瞬を逃したくない一心で、日が沈むまで夢中で写真を撮 り続けた。

99・08・14 豊後森駅 OLYMPUS OM‐1 ZUIKO135oF2.8 KR
 19時近く、遅い夕日を受けて黄金色に輝く50系客車。コダクロームとは思えない発色に仕上がった。やっぱり“汽車”は美しい!

狙っていた由布岳バックや廃屋俯瞰は撮れなかったものの、今日はようやく晴れカットを量産できた。晩はちょっと贅沢をしよう!スーパ ーそのだで弁当を仕入れ、由布院のローソンでビールを買った。その夜は南由布ステーションホテルでロン隊長とささやかな祝杯を挙げた。



夕方あれだけバリ晴れだったのに、翌日は再び曇天基調。仕方なく、未だ未開の由布院以東のアングル探索に出掛けた。ロン隊長に連れら れて、天神山−庄内のド田んぼ直線、小野屋のトンネル上からのSカーブなどを下見。玖珠川や由布岳は絡まなくてもXなアングルはまだ まだ多い。しかもこの辺りだと1日1往復の貴重な50系がいい時間に撮影できる。廃屋俯瞰がタイムリミットを過ぎた今、次なる夕方のタ ーゲットはこの区間に決まった。バイトのシフトを考えると、滞在期間は長くて残り1週間。あと何カット激Xを持ち帰ることができるだ ろうか?

ところが、次の日もまだダメ天。朝の1820レを大分道の玖珠SAから俯瞰したがイマイチで、昼間から豊後森のクリーンランドで風呂に入 りながらウダウダと過ごした。さらにその次の日も天気はサッパリ(泣)。さすがに無為に過ごすのも何なので、ロン隊長の提案で宝珠山村 の“バイク博物館”を訪れることにした。前年、隊長がツアー途中に事故に巻き込まれた際、たまたま通り掛かって助けてくれたのが博物 館のオーナーだったそうで、挨拶も兼ねて博物館を見学しようということだった。

アングルを下見しながら移動したこともあって宝珠山村に入った頃にはもう夕方。その夜はオーナー宅に泊めていただき、翌日博物館を見 学することになった。日田彦山線の宝珠山駅近くにあるふれあい館を入ると、体育館のような内部に世界中から蒐集されたヴィンテージ・ バイクが所狭しと並べられていた。バイクには全く疎い我々ではあるが、スーパーカブのファーストモデルを見て感動!何が感動かって、 現行型との間にデザインに大きな変化がないのである。それだけ設計に先見性があったということなのだろう。ちなみに、1958年のC100 型誕生以来50年、現在スーパーカブシリーズは世界最多量産の二輪車となっている。

昼近くなって日が差してきた。午後の客レはどうにか撮れそうだ。博物館を辞し、隊長と重連組んで再び久大本線へ。さて、1823レをどこ で迎え撃つか…。考えたがあまりひねった答えも浮かばず、もう行きたくねぇと思っていた北山田の絶壁俯瞰を再訪することにした。前回 はバックの山がマダラになってしまったので、今日はもう少し長めのレンズでOMの180o一本勝負。前回とあまり変わり映えはしないが、 周囲の家並みも完全にカットした構図で切り取ってみた。

99・08・19 杉河内−北山田 OLYMPUS OM‐1 ZUIKO180oF2.8 E100VS
 崖っぷち俯瞰を今日はOMの180oで。人工物ゼロのこの画角も悪くない。

このとき我々が訪問した宝珠山の“バイク博物館(正式には世界のモーターサイクル歴史展といった)”は、2001年、オーナー岩下洋陽さん の手により湯布院岩下コレクションとして由布院駅の近くに再オープンした。鉄的には足が遠のくようになった久大本線だが、何かの折に 由布院を訪ねる機会があれば、当サイトをご覧下さっている諸兄にも一度ご見学いただきたいと思う。また、オーナーの岩下さま、10年も 前になりましたが、その節はありがとうございました。

 湯布院岩下コレクション 公式HP
 


さて、再び我らがアジト南由布ステーションホテルに帰還して撮影キャンプを再開する。翌20日、由布盆地はスゴイ霧。今日もダメかとガ ックリしながら、半分ヤケクソで定番に出撃してみた。乳色の朝霧の中にうっすらとシルエットを見せる由布岳とほとんどヘッドライトく らいしか認識できない客レの組み合わせをムリヤリ撮影。まさかのサプライズXを期待したが、やはり写っていたのはカマのライトだけで あった…(泣)。

続く21日も朝はアウト。杉河内付近まで流すもこちらもイマイチで、まともに撮れたのは午後の4820レからだった。由布岳バックの定番か ら逆を向いてマミヤ210o&OM135oをセット。15時を回りだいぶ光線は落ち着いてきたが、何せ角度がほぼ逆光である。やたらと高いコ ントラストに露出で迷う。ええぃ、3分の1開けで勝負!どうにか見られるライティングで、紫煙をくゆらせ南由布を後にする客レを押さ えることができた。

99・08・21 南由布−由布院 MamiyaM645 1000s SEKOR210oF4N RVP(+1)
 南由布を発車し、由布盆地に向かって下っていく4820レ。

好転してきた空模様に期待して、夕方からロン隊長の案内で向かったのが鬼瀬の大俯瞰。大将軍公園から見下ろすと、遥か向之原から田園 地帯を進む線路が一望の下に見渡せた。これはスゴイ!久大でここまでのロングショットはちょっと見たことがない。興奮しながらマミヤ 210oでファインダーを覗く。本当はもう少し長いレンズが欲しいところだが、無い袖は振れないので仕方ない。さぁ来い50系!しかし、お 約束のモヤモヤ雲に阻まれて、間もなく露出は急降下…。17時過ぎ、緑一色の田園地帯にレッドトレインが姿を現した。線路まで約1q離 れていても、赤い車体は良く映える。あぁ晴れていればなぁ。そんな願いも空しく、1/250sec f4でシャッターを切った。いわゆる記念 撮影ってやつですな。

携帯で天気予報サイトを巡るなどという芸当がまだできなかった当時、旅先での唯一の気象情報は177。携帯よりも安上がりなので、公 衆電話のダイヤルを回す。受話器の向こうから抑揚なく響く全国一律の謎のおねーさんの声曰く「大分県西部の明日は…晴れ時々曇り、所 により一時雨が降るでしょう」明日もまたそれかいな。ここ数日、毎日のようにこの答え。言ってみれば何でもありである。しかも、「時 々とは列車通過時、所によりとは撮影地上空」という鉄ちゃんの格言?もある。日程的には明日が由布岳バックのラストチャンス。幸い夜 空に星は出ているが、果たして…。



早朝5時、目覚ましの音で目が覚める。外は明るい。霧もなし!意気揚々と現地に乗り込み、幾度も涙を呑まされた所定の位置に三脚を立 てた。多少の雲は湧いているものの、視界はクリア。線路の背後には、今日こそ!双耳形の独特の山容がシルエットになって聳えている。 マミヤは150oタテでピークを強調し、OMは50oで山全体を画面に配置。露出は若干開け気味で1/500sec f4ちょい。水平よし、巻上げ もよし。さぁ、いよいよ極まるか、因縁の由布岳バック50系!

踏切が鳴った。朝の静寂の向こうに軽やかな轍の響き。湯布院の街を後にした4821レが、盆地の淵を巡るように大旋回してやって来る。機 関車が首を振った。列車のサイドが朝日に輝く。2台のカメラのシャッターを、同時に、万感の思いをこめて切った。X!

99・08・22 南由布−由布院 MamiyaM645 1000s SEKOR150oF3.5N RVP(+1)
 苦節10日、ようやく撮れた由布岳バックの50系!ド快晴の最高条件ではないが、まぁいいだろう!

ようやく旅の前からの目標を達成した。天気も昼前から下り坂。よし、帰ろう!大分まで久大線沿いに走って国道10号を北上。夕方、別行 動をとっていたロン隊長と新門司の港で再合流し、大阪南港行きフェリーの客となった。

穏やかな夕凪の瀬戸内海を船はのんびりと進む。一風呂浴びて旅の汗を流し、脳内の激Xポジに期待を膨らませながら眠りに就けば、明日 の朝には関西である。新たな課題を発見した。撮り切れなかった課題もある。でも充実した2週間余りのツアーだった。2等船室の一角で 隊長とささやかな祝宴を張る。1999年、客レに燃えた熱い夏はこうして静かに暮れていった。ただ、これが久大客レ最後の夏になろうとは、 当時の我々はまだ知る由もない…。



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