鉄路百景 GALLERY16. ロッキー山脈に響く汽笛

GALLERY15 ロッキー山脈に響く汽笛

1.アニマス渓谷に煙を追って〜D&SNG01〜

今年の夏はどこに行こう?毎年のように、時刻表や撮影地ガイドを片手に数ヵ月先のプランを練るのが春先の密かな楽しみだった。九州、山陰、東北、北海道…その時々で 旬のターゲットは異なれど、お気に入りの撮影地をピックアップし、掛け持ちする組み合わせを考えて、追っ掛けパターンをシュミレーションするのは、ある意味本番より もわくわくするものである。

しかし、ここ数年、ついに国内で腰を落ち着けてキャンプを張りたい行先が枯渇してしまった。それはお気に入りの車両の引退や路線の廃止だけではない。20年余りも活動 してくると、全国どこへ行ってもデジャブの光景ばかり。しかも、いまだに足を運び続けるということは、突発ウヤに来る曇る、甘ピンに切り遅れと過去に何度も苦汁を嘗 めさせられ黒歴史に彩られた曰くつきのポイントのオンパレードである。今回もまた相性の悪さからいつものようにやられるのではないかと気を揉んで、気分はもはや困難 な商談に立ち向かうビジネスマンの出張業務。昔のように旅そのものを楽しむ心の余裕がなくなってきた気がしていた。

国内はもういいか。となると、視野は海外に広がらざるを得ない。仕事でニュージーランド、中国と海外引率を経験し、ピンで飛び出しても何とかなりそうな妙な自信もつ いてきた。その勢いで、2016年はゴッタルド越えのVSOEを仕留めにスイスに遠征。食傷気味の国内ツアーと違い全てが初めてで、中学生の頃18きっぷ片手に未踏のロー カル線を旅したような高揚感に胸が高鳴った。これはもう病みつきである。

そんなわけで2017年の夏も海を渡って鉄ちゃんすることにし、前年検討だけしていたアメリカ合衆国コロラド州の保存蒸機に目標を定めた。RM392・393号に掲載された青 柳明氏の記事によると、コロラド州を中心としたロッキー山脈一帯にかつてナローの鉄道網を有していたデンバー&リオ・グランデ・ウェスタン鉄道の一部が、現在もボー ルドウィン製の古典蒸機と往時の客車を用いて保存鉄道として運行を続けているという。 現役然とした姿を再現し保存蒸機かくあるべしを体現していた「C62ニセコ」を最 晩年に垣間見た世代としては、1940年代の様子を今に伝えるこれらの保存鉄道は、一度は現在の腕と機材で対峙してみたい主題であった。

行先はデュランゴ・シルバートン狭軌鉄道(Durango & Silverton Narrow Gauge Railroad=D&SNG)とクンブレス・トルテック・シーニック鉄道(Cumbres & Toltec Scenic Railroad=C&TS)。まずは近くのHISで成田−デュランゴ往復の航空券を手配した。さらに今回はハードルが一段上がる。保存鉄道ということは、実際に走っているのは 被写体となる列車のみ。移動手段に鉄道を利用することはできない。必然的に車社会アメリカの恩恵に与って、車で移動しながらの撮影となる。事前に国際免許を申請し、 航空券とセットで大手ハーツレンタカーの予約もしてもらった。準備は整った。

 
左右とも:2017・08・08 成田空港 FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO640
出発は8月8日。デュランゴへは、コロラド州の州都デンバーでのトランジットを経て約12時間の旅程となる。成田で飛行機撮影に勤しんでいるとわかるが、アメリカ便は 午後遅くから夕方に集中している。今回私が搭乗するユナイテッド航空142便も、出発は17時10分。部活の合宿帰りの疲れを十分癒して、昼過ぎに家を出た。

 
左:2017・08・08 成田空港 FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
右:2017・08・08 成田空港 FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO640
今回持参の機材はD5・D800にニッコールレンズ群のデジセットに加えて、スピードの遅い蒸機が対象ということでペンタ67セットも用意した。さすがに昔ほどの元気はな く、ボディ1台にレンズは75・90・165・300oの計4本。これを、肩紐が解れて引退したマウンテンダックスに代わるラムダの双六岳と、最近愛用のドンケF−2に分けてパッ キングした。フィルムは当然X線被爆を避けてオープンチェック。時間に余裕をもって保安検査場を抜け、搭乗口に向かった。

2017・08・08 成田空港 FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO20
37番ゲートではデンバーまでの機材、B787が今や遅しとボーディングを待ち受けていた。ここ数年、飛行機を被写体にし始めてようやく機種の見分けがつくようになった。ジャ ンボやトリプルセブンにB767、エアバスのA320などは何度か乗ったが、787はこれが初搭乗。飛び始めた頃に違和感を抱いたカモメのような独特な顔つきもすっかり見慣れ、今 や優雅な翼の曲線美に、飛来すれば思わずレンズを向けてしまうお気に入りの機種。新鋭の中型機の旅が楽しみである。

蒸し暑かった東京の日差しも西に傾き始めた17時過ぎ、機体がゆっくりと後退を開始。いよいよ太平洋横断の長旅が始まる。残念ながら今回は窓際の席が確保できなかったため、 上空からの絶景を楽しむことはできないが、割り切れば、どうせほとんどが海の上、下界が見えたとしても退屈この上ないだろう。そう思うことにして、水平飛行に移るや熟睡 体制。次に目が覚めたのは機内食サービスの時であった。

 
左右とも:2017・08・08 UA142 B787機内 FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO800
UNITEDの機内食。左が夕食で右が翌朝の朝食。通路寄りの席のうえ、B787は窓の透過光量を集中制御できるため、客室乗務員の配慮だろうが窓が真っ暗け。日付変更線を超え るという人生初体験に何か感じるものはあるかとわくわくしていたのだが、時間の感覚すら全く分からないまま、フライトマップの飛行機マークはいつしか西海岸に近づいて いた。

 
左右とも:2017・08・08 Denver Airport FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO640
到着は翌日の昼過ぎ…のはずが、日付は8月8日のまま。地球を東に飛ぶとはこういうことなのか。頭ではわかっているはずが身体がついていかないような摩訶不思議な気持ち で、生まれて初めてUSAの地を踏む。コロラド州デンバー国際空港が私にとってのプリマス・ロック。さぁ目を見開いて耳を澄まして、英語のシャワーに対応しなければ…と ドキドキしながら目をやると、中国語・韓国語(ハングル)・スペイン語表記と並んで「アメリカにようこそ」の文字。確かにデンバーは一時松井稼頭央が所属していたロッキー ズの本拠地でもあるし、同じナショナル・リーグ西地区には前田健太のいるドジャースもある。野球観戦などで訪れる日本人観光客も少なくないのかもしれない。

 
左右とも:2017・08・08 Denver Airport FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO640
さて、腹が減っては戦はできぬと、まずは昼食。とはいえ次のフライトまでそれほど時間があるわけでもないため、手軽にハンバーガーで済ます。アメリカらしい…といえばやっ ぱりこれだよなと軽い気持ちで選んだが、この時はこれからひたすらバーガー地獄に突き落とされることなど露ほども気づいていなかったのだった。

 
左右とも:2017・08・08 Denver Airport FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO640
デンバー国際空港は1995年開業の比較的新しい空港で、今回搭乗したユナイテッド航空のハブ空港でもある。標高1655mの高地にあり空気が薄いため、大型ジェット機の離発着の ために16000フィート(4877m)もの長大な滑走路を備え、総敷地面積も商用空港としてはアメリカ最大。とにかく極東の島国出身の人間には想像もつかない巨大空港なのである。 想像はつかないが、普段成田でランウェイチェンジの度に4000m級滑走路の南北端を右往左往させられる飛行機マニアにとっては、撮影には苦労させられるだろうことだけは容易 に推定できるのであった。ここを拠点とするユナイテッドゆかりの飛行機の模型を眺めていると搭乗時刻が迫ってきた。

 
左:2017・08・08  Denver Airport  FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
右:2017.08.08 UA4725 CRJ200機内 FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
ここからは国内線でロッキー山脈を東から西に一跨ぎし、最終目的地デュランゴを目指す。機材は小型ジェット機のCRJ200。小さな機体は不釣り合いな長い滑走路をゴトゴトと 走ってふわりと宙に舞う。高度を上げると眼下に大山塊が迫ってきた。これがロッキー山脈か!世界地図で見てわかるほどの大地形をこの目で上空から目の当たりにできるのは、 まるで天地創造の神の視点、実に感慨深い。

 
左右とも:2017・08・08 Durango Airport FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
1時間余りのフライトで目的地のデュランゴに到着した。時刻は19時15分。とはいえまだまだ外は明るく燦燦と西日が降り注いでいる。日差しは強いものの、まとわりつくような 蒸し暑さはない。乾いた風の匂いは初秋の北海道のようだった。

 
左右とも:2017・08・08 Durango Airport FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
人生初の海外レンタカーにドキドキするが、空港スタッフに尋ねるまでもなくカウンターはすぐ見つかった。日本で発行してもらった借受証と国際免許ですぐに手続きは終了。ナビ を頼んでいたはずが何もついていなかったので、“GPS please!”と必死に懇願してポータブルナビを受け取る。当然英語しか喋らないナビだが、全く見ず知らずの異国の地、こん なに心強い味方はない。ちなみに車種は日産ヴァーサ(ティーダの北米版)。フォード車あたりが来るのかと思ったら拍子抜け。隣に停まっているのもトヨタ車で、左ハンドル以外は アメリカ感ゼロである。

乗って来た飛行機の折り返し便が間もなく離陸。ファーストショットとして離陸シーンを1カット撮り、夕暮れ迫るデュランゴの市街へ出発。使い方のよくわからぬカーナビと英会 話しながら今夜の宿を目指す。

 
左右とも:2017・08・08 Travelodge FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO2000
D&SNGに並走するROUTE550沿いにモーテルTravelodgeはあった。私の英語コミュ力のお蔭か、道が単純だっただけなのか、あっさり宿に着いてチェックイン。荷物だけ置いて夕食 に出掛ける。街に見える看板はマクドナルドにバーガーキングとさすがハンバーガー大国アメリカである。さすがに夜までハンバーガーは御免蒙りたいので、見慣れた看板に誘わ れるようにデニーズに入った。

2017・08・08 Durango FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO2000
が…メニューを見てびっくり!ここでもやはり〇〇バーガー、××バーガーのバーガー祭り(汗)。仕方なく、本来は付け合わせのおかずであろうと思われるチキンとブロッコリー のグリルを注文した。夜空には心配ご無用の鮮明さで三日月が輝いている。食事情にのみ一抹の不安を感じながら初日の夜は更けていったのだった。



翌朝目覚めると、窓の外は冬の東京のような見事な朝焼け。空気が澄んでいるのがよくわかる。パンとオートミールの朝食を済ませてさぁ出発。まずはデュランゴの駅で今日の列 車を確認。改札口に掲げられた時刻表によると今日は3本体制で運行のようだった。

D&SNG最大の名所がロックウッドの崖っぷちSカーブであることは、種々の写真集やパンフレットなどでここのカットが一番に用いられていることからも言を俟たないだろう。デュ ランゴからの距離を考えればここにSLが現れるまでだいぶ時間に余裕はありそうだが、何しろ初訪問の地。撮影地はロックウッドの手前という以外は、立ち位置も使用レンズも わからない完全アウェイである。初日の今日は追っ掛けなどの無理はせず、朝一からロケハンに徹することにした。

2017・08・09 D&SNG Rockwood−PinkertonSiding FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
とはいえ、国内で鉄活動歴約20年、その臭覚は伊達ではないつもりである。ナビで地形を確認し、駅周辺を探索すること20分で件のポイントを発見した。レンズ選択は、構図のバリ エーションがあり過ぎて即決するには忍びない。結局67からD5、D800、手持ちの機材総出で標準〜中望遠のアングルを定めた。

2017・08・09 D&SNG Rockwood−PinkertonSiding NikonD5 AF-SNikkor50oF1.8G ISO200
夏というのに澄んだ青空、深緑の針葉樹林、そして剥き出しの岩場に沿うように幾重の弧を描くメーターゲージの線路。19世紀アメリカ中西部のイメージ通りの光景が目の前にある。 それはどこぞのアメリカ資本に属国化された“夢の国”とは違う、リアルな光景である。そこに現役さながらの蒸気機関車が古の木造客車を牽いて現れる。本当だろうか?疑う余地の ないことまで思わず疑ってしまうような、本当の夢舞台。

時計の針が9時を回ると、遠方からかすかにドラフト音が聞こえてきた。だが、まだまだ列車が登場する気配はない。一度山陰に入って音が途絶える。再び蒸機の息遣いが響いてくる と、今度こそは空気の振動までも伝わってきそうな大迫力。間もなく崖を回り込むようにして、K-36型蒸機がファインダーに登場した。

2017・08・09 D&SNG Rockwood−PinkertonSiding NikonD5 AF-SNikkor35oF1.8G ISO200
時間が経つほどに光線はサイド寄りになる。というわけで、45分続行の2本目は、67は75o、D5は35oで構えてみた。空には小さな雲が泳ぎ始めたが、それを入れた伸びやかな 構図も悪くない。

立ち位置にもようやく陽が当たり始め、パーカーを脱いでポロシャツ1枚で程よい陽気になってきた。岩に腰掛け、本を広げてまったり待つうち、カマ次位に自転車用のマニを繋いだ 2本目の列車が、ゆっくりと山道を登ってきた。



3本目はさらに光線が硬くなるし、これ以上のアングルのバリエーションも思いつかないため撮影は一旦終了。早々に終点シルバートンに先回りすることにした。ロックウッドから先、 線路は道路から山一つ隔てた深い渓谷沿いのルートを通るため、途中に撮影地は一切ない。割り切ってROUTE550、通称ミリオンダラー・ハイウェイをひた走る。

途中道沿いの制限速度標識には55だ60だという数字が書いてあるが、日本の感覚でまったり走ろうものなら背後から猛烈な追い上げを食らう。というのも、メートル法ではなくマイル 法を用いるアメリカでは“60”は換算で時速約96km。ハイウェイの名の通り、高速道路規格の速度設定である。だが、それにもかかわらず日本の高速と違ってカーブ・勾配は容赦ない。 さすがは世界に冠たるロッキー山脈を越える主要道路である。そこをAT車とはいえ慣れない左ハンドルの右側通行でカッ飛ばすのだから、神経も擦り減るというものである。手に汗 握るドライブ約1時間、ようやく崖の下に目指すシルバートンの街並みが見えてきた。

2017・08・09 D&SNG Silverton FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
シルバートンは19世紀の後半、いわゆるゴールドラッシュの時期に、その名の通り銀鉱山の開発で発展した街である。このD&SNGも元はといえば鉱山への輸送のために建設されたもの で、閉坑に伴い近隣の路線が廃止されてゆく中、観光鉄道に転身して命脈を繋いだ。シルバートンの街もそれに合わせるように、西部開拓の面影を残す観光の街へと姿を変えて今に 至る。こうした背景から、現在も市街はメインストリートを除いて未舗装のままで、ヴィクトリア調の建物が軒を連ねる街並みもそのまま保存されている。

ロッキー山中に分け入ったためか、にわかに雲が増えてきた。シルバートンはすっかり曇り空で、時おり小雨がぱらつく不安定な天気。コンデジ1丁で開拓時代の雰囲気を色濃く残す 中心街を見て歩くうち、街外れで汽笛が一声、デュランゴからの1番列車が市街の中心部に乗り入れてきた。

 
左右とも:2017・08・09 D&SNG Silverton NikonD5 AFDCNikkor105oF2 ISO200
わらわらとお客が降りてくると、そこここで乗務員との記念撮影が始まる。私も慌てて本気撮りの機材を出し、記念撮影シーンを撮影。満面の笑みでポーズを決めてくれる機関士氏 もなかなかの役者である。

 
左右とも:2017・08・09 Silverton FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO1250
ランチタイムに、映画に出てきそうなバー兼レストランに入った。が…やはりメニューはバーガーに次ぐバーガー。いい加減食傷気味で、メニューの片隅にあったサンドウィッチを 注文した。出てきたのは御覧の通り。パンが丸いか三角か以外はあまり違いがないようにも見える(汗)。そのうえ、付け合わせのポテトはフライドがいいかチップスが言いかと聞か れたので、フライドポテトも飽きたし「Chips please!」と頼んだら、何と出てきたのは本当に袋入りのポテチであった。

2017・08・09 D&SNG Silverton Depot
NikonD800 AFNikkor300oF4ED ISO200
街歩きもスナップ撮影も楽しんで、ボチボチ撤収。返しの列車をロックウッド付近で狙うべく、西部劇の舞台を後にすることにした。途中、国道からシルバートンの街を見下ろせる 場所がある。時刻はちょうど3本目の列車が到着する頃。1発頂戴していくか!画素数重視のD800に300oで構図を決める。上空を流れる雲が割れた隙を縫って、陽の当たった瞬間 を切り取った。

 
左右とも:2017・08・09 Million Dollar HighWay FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
ロッキー山中をぶち抜く国道ROUTE550は眺めも素晴らしい。青い空・白い雲・緑の木々…夏の爽快感に洋の東西の違いはない。思わず数ヵ所でスナップタイム!



ワインディングを駆けること1時間弱、ようやくロックウッドの駅に帰ってきた。返しの列車のメインはハイラインと呼ばれるロックウッド手前の渓谷区間。我が地元浦安市を 占拠するアメリカ帝国主義をシンボライズしたテーマパークの造り物とは明らかに違う、リアルな断崖絶壁にリアルな蒸機。見本写真でしか見たことのない絶景ポイントに向け て線路沿いに歩を進めた。

2017・08・09 D&SNG Rockwood−Tacoma
NikonD5 AFDCNikkor135oF2 ISO200
それにしてもこの路線、光線と構図次第でどこでも撮影地になるといっても過言ではない。駅を出て100mほど進んだところで早くも絵になる場所を発見。どうということはないけ れど、駅に向かって上り勾配の直線をダッシュしてくるところを小高い斜面からバリ順で捕えられる。風景的に撮る前に、1カットくらい編成アップがあってもいいのではないか。

というわけで、斜面の木陰に三脚を立て、ペンタは300o、デジは135oでセッティング。待つこと1時間余り、レピーダーと呼ばれる小型モーターカーが露払いとしてやって来た。 間もなく本番が来るはずだ。最終調整を終えた頃に汽笛が聞こえる。山間に喘ぐようなドラフト音を響かせて、ゆっくりとK-36が姿を現した。

2017・08・09 D&SNG Rockwood−Tacoma NikonD800 AF-SNikkor50oF1.8G ISO200
次はいよいよ渓谷区間へ。といっても先ほどの駅入線から線路沿いを徒歩5分。すぐ右手にはアニマス川が深い谷を刻み、線路は断崖絶壁に張り付くようにして大きくカーブを描く。 地形に沿って急半径で180度も転回する線形は、さながら模型のようでもある。

事前に見ていた作例写真ではここでブローオフするシーンをアイレベルで切り取っていたが、立ち位置から見上げると、線路の反対側に登れそうな崖があった。どうせ撮るならベスト を尽くせ!心の声に突き動かされるように、ガレ場を登る。木々の切れ間からは素晴らしい光景が広がった。

先ほどアイレベルで眺めていた崖っぷちのカーブが眼下に見下ろせ、その右手には深い谷を刻むアニマス川が水音を轟かせる。背後には針葉樹林に覆われた大山塊。日本ではまず見 ることのできない壮大なスケールの鉄道情景である。ここに無装飾の古典蒸機と現役さながらの旧客?の長編成が現れる。興奮するなという方が無理だろう。さっそく67と俯瞰向 きD800の2台で構図を決める。切り取り方は色々だが、とりあえず次の列車は標準ヨコで構えることにした。

が、問屋はそう簡単には卸してくれない。いくら乾燥した大陸性気候とはいえ、昼間真夏の太陽に照らされていれば大地から水蒸気は吸い上げられ上空に雲が発生する。夕方16時過 ぎのアニマス渓谷はちょうど雲の通り道になるようだった。列車が来る15分ほど前から太陽周りを不穏な雲が通過しては背後の山脈を陰らせる。頼む!だが、祈りは届かず、ドラフ ト音を響かせてカマが登場してもバックはマンダ〜ラ。天地のあるペンタ90oはアウト。辛うじてデジの50o構図だけは救われた。

2017・08・09 D&SNG Hermosa-HomeRanchSiding NikonD5 AF-SNikkor50oF1.8G ISO200
3本の上り列車を全て見送り、崖の上を撤収。線路沿いをボチボチ歩いて車に戻り、あとはデュランゴの街までドライブすれば今日のミッションはすべて終了…のはずだった。しかし! R550を流していると、前方に一筋の煙が見えた。並走しながら確認すると、カマは2本目の列車で戻っていったK-28型。どうやら、あれだけのんびり引き上げたのに、途中で列車を 2本追い抜いてしまったようである。

もらえるチャンスは頂こうではないか!全力疾走で時間を稼ぎ、普通にカブリつけそうな踏切でD5をセット。間もなく、前面にシリンダーを掲げた独特の面構えのK-28が、ドラフト 音も軽やかにファインダーに現れた。

2017・08・09 D&SNG Hermosa-HomeRanchSiding NikonD5 AF-SNikkor50oF1.8G ISO200
2本目の列車に間に合ったということは、これから約30分続行でもう1本列車が帰ってくるということである。今度はゆっくり場所を吟味してから撮ろうと数ヵ所をロケハン。最も 広々とサイドが利かせられるポイントに三脚を立てた。

不思議なもので、ロックウッド近辺の山岳地帯であれほどスカ煙だったのに、比較的平坦なこの区間では必ず機関車が薄いながらも煙をたなびかせてやってくる。18時を回った絶妙 のライティングでK-36の牽く3本目の列車を迎え撃った。

 
左右とも:2017・08・09 D&SNG Durango FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO800
夕刻、列車の運行を終えたデュランゴ駅に偵察に訪れた。ブラウンを基調にウッディな感じでまとめられた駅舎はいかにもアメリカン。照明がガス灯のようなデザインなのも西部開 拓時代を思わせる。時刻表をチェックすると、明日も3本体制での運転のようだ。作戦立案に必要な情報を得て、土産物を扱う売店コーナーを冷かしてから夕食の買出しに出た。

2017・08・09 Travelodge FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO1600
さすがに渡米以来パン肉パン肉パン肉…の無限ループで、食傷気味どころか身体と心がおかしくなりかけていた。身体はコメを欲している。今宵こそはバーガー以外のものを所望し ようと、近くのスーパーに立ち寄った。広大な敷地に巨大な陳列棚。近所の西友の3倍以上はあろうかという通路で今夜のメニューを考える。と背後から“Excuse me!”との掛け声 とともに衝撃が走る。振り返ると、パナマ運河を航行する大型空母のようなマツコサイズのおばちゃんがカートを持って航行中。もやしっ子のJapaneseはあっさりと撃沈させられた のであった。

買ってきたのはチャーハン的なライスと春巻きらしき揚げ物と生野菜サラダ。これでやっと米と野菜を摂取することができる。が!この選択の過ちに気が付くのに、そう時間はかか らなかった。ライスは固く、かつ味がしない。揚げ物はほぼ油の塊。そしてサラダは、レタスでもキャベツでもない、春菊のような太い茎にトゲ?がついた謎野菜…。そういえば夏 場に俯瞰に登るときによくこんな草が生えていたっけ…。

正直、食には特にこだわりを持たない性分だと思っていた。仕事の付き合いで頂いたフレンチ、本場イタリアに行った時のパスタから、街の松屋・吉牛から、芭石の蜜蜂岩の陳先生 ゲストハウスで出された夕餉まで、これまで出された食事に「マズい」と思うことはほとんどなかった。幸せ者なのか単なる味覚オンチなのかはわからないが、とにかくメシの出会 いには恵まれてきた。しかし!これは新手の拷問である。それでも悲しいかな、他に食える物はない。酒屋で仕入れた安ワインで流し込むようにして、何とかこの日の夕食を終えた のだった。



自棄飲みしたワインが効いたのか、シャワーを浴びた後は一切の記憶がない。スマホのアラームで目覚めると6時。外は今日もすっきりと晴れ渡っている。荷物を整えていざ出発! 昨日と同じく、まずはデュランゴ駅で列車本数の確認である。

 
左:2017・08・10 D&SNG Durango FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
右:2017・08・10 D&SNG Durango   NikonD5 AFDCNikkor135oF2  ISO200
今日も列車は3往復。チェックを済ませて停めておいた車に戻っているときだった。“Train!Train!”と突然背後から怒鳴り声がする。そりゃあ駅だし“Train”もいるだろう よと思いながら声のする方を見ると、数人の警官がこちらを見て必死の形相でシャウトしていた。これはただ事ではない。よく聞くと、彼らの声は“Train”ではなく“Tree!” と叫んでいる。何のことかと街路樹を見上げて驚愕した。私から3メートルと離れていないアカシアの木に、BigなBearが取り付いて葉っぱをムシャムシャやっている真っ最中。 体長は1メートル半ではきかないサイズで、これは迂闊に近づいて餌にでもされたら生きて祖国の土を踏むことができなくなる。慎重に木から離れて、とりあえず付けていた135 oでヤツの姿を狙ってみた。

2017・08・10 D&SNG Rockwood−PinkertonSiding NikonD5 AF-SNikkor85oF1.8G ISO200
1本目、2本目は今日もロックウッドのお立ち台で迎え撃つ。特に1本目は昨日見た限りでは思ったより面に陽が当たっていた。それを標準でサイドがちに捉えるのは勿体ない。 というわけで24時間越しのリベンジマッチは、ペンタ165とD5+85oの単玉で勝負。青空の下、こんな感じでK-36の雄姿を切り取ってみた。

2017・08・10 D&SNG Rockwood−PinkertonSiding
NikonD800 AFNikkor180oF2.8ED ISO200
2本目は、Sカーブ、いや正確にはWカーブの線形を強調したく、やや線路寄りに立ち位置を変えて180oのタテ構図に。日本の保存蒸機の場合は長くて客車7両程度、S字で うねる姿を綺麗に収めるのはなかなか難しい。それだけにダブルルーフの古典客車が蛇のように身をよじらせる姿は感動的であった。

3本目はデュランゴ寄りに数キロ戻ったR550の旧道踏切にて。だが、日が高すぎてイマイチに終わる。早くも暑さにやられて、2日続けて山道をカッ飛ばしながらシルバートン まで行くのも億劫になってきた。どうせ返しは渓谷区間の俯瞰である。無理することもないかとデュランゴに戻ってゆっくり昼食でも摂ることにした。

2017・08・10 Durango FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO640
昨晩の食事に懲りて、見慣れた看板のデニーズに入る。だが、ランチタイムのメニューは心配した通りバーガーに次ぐバーガー。仕方ない、気休めながら少しでもフレッシュな 野菜を摂取しようと、Lettuce&onionのメニューを注文した。

2017・08・10 D&SNG Rockwood−Tacoma NikonD5 AFDCNikkor105oF2 ISO200
しばし店内で涼んでから、まったり午後の部に出撃。今日は迷わず1本目から崖の上に登る。ところが、今日も昼過ぎから謎の千切れ雲が上空を通過するようになった。日本と 違い広大な大陸のド真ん中。海からの湿気で雲ができ…などというプロセスはあるわけがない。おそらく気温の上昇とともに地表の水分が蒸発して散発的に雲が湧くのだろう。 そして、撮影地上空が雲の通り道なのは万国共通の“鉄”則である。1本目はバックが影落ちしてしまったため、中望遠で渓谷と列車を切り取ってみた。

2017・08・10 D&SNG Rockwood−Tacoma
NikonD800 AF-SNikkor35oF1.8G ISO200

2本目はまさかの全面来る曇るで見る鉄。いよいよラストの列車に賭けるしかなくなった。次第に頭上の雲の塊は東の方へ移動し始めた。これならイケるはず!67に90o、D800 に35oの2台で構図を吟味。定番通りならヨコ位置だが、バックの空を見ると稜線付近に雲が残る。本当に青空を入れて“晴れ写真”を強調するならタテ位置の方が有利である。

考えているうちに汽笛が鳴った。稜線付近の雲は抜けないとみてタテ構図で決定。川沿いにゆっくりとドラフト音を響かせてK-36が登場。止まりそうな速度で、か細い鉄路を踏み しめるように進む蒸気機関車にそっとシャッターを押した。

2017・08・10 D&SNG Rockwood FUJIFILM X100S FUJINON23oF2 ISO200
撮影を終え、炎天下の線路を歩いて駅に戻る。Twitterとやらが跋扈するどこかの密告社会の国では何を言われるかわからない行為だが、彼の国の観光鉄道では“Stand by me”は 至って普通の行動らしい。後走りでやってくるレピーダーは、私を見つけると、スタッフが手を振りながら気をつけて帰れよと声を掛けてくれる。列車に轢かれる危険性はないも のの、熱中症で倒れるのではないかという過酷な環境から生還し、ロックウッドの駅で一休み。それでもあまりまったりしているわけにはいかない。明日は200kmほど離れたクンブ レス・トルテック・シーニック鉄道を撮影する予定。今夜の宿は向こうの始発駅、アントニート付近に押さえてある。今からロングドライブで移動しなければならないのである。 汽車の追っ掛けはやめにして、夕暮れのデュランゴを早々に後にしたのだった。



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