鉄路百景 GALLERY13. 上総の里に残された「国鉄時代」

GALLERY13 上総の里に残された「国鉄時代」

1.復活!国鉄色

「通勤型」という区分からすれば本来旅情や憧れからは無縁の存在かも知れないが、キハ30系列は私にとって妙に旅の香りを感じさせてくれる気動車であった。 恐らく“大回り乗車”なる特例を知って120円(当時)で乗り鉄を楽しむようになった中学生の頃、東京近郊区間で唯一の非電化路線だった八高線でコイツに揺られ たイメージが強かったからだろう。今でこそベッドタウン化が進み小洒落た通勤路線になった八高線だが、20年前はまだまだ雑木林が広がる武蔵野の面影を残して いた。

95・11・26 竹沢−折原 OLYMPUS OM-1 Tokina70-210oF4-5.6 RDU(+1)
冬場、抜けるような青空をバックに落葉樹の梢が木枯らしに揺れる。殺風景な丘陵地帯にエンジン音を響かせながら、小さな駅で交換を繰り返しつつ、タラコ色の 食パン気動車は八王子から高麗川までの小さな旅路を楽しませてくれた。20メートル3ドアにロングシートというガランとした室内のレイアウト、外吊りドアの隙 間から入る冷たい風を打ち消すかのように、火傷でもしそうなほど妙に熱い座席のヒーター…。今でもキハ30と聞くと、こうした思い出が真っ先に脳裏に甦る。

95・11・26 高麗川駅 OLYMPUS OM-1 ZUIKO35-70oF3.5-4.5 RDU(+1)
だが、十代も前半の子どもにその情景を「作品」にするほどの技量は備わっていなかった。高2の3月にキハ30が引退するまで、納得いく写真はほとんど撮ることは できず、タラコ色の食パン気動車は遠い日々の思い出として、記憶の中にだけ残ることになった。

97・03・21 小櫃−俵田 OLYMPUS OM-1 ZUIKO100oF2.8 RDU
そんな私に一度だけチャンスが訪れた。八高線のキハ110化に伴って余剰となったキハ30が久留里線に転属し、久留里色への塗装変更までの間タラコ色で走ることに なったのである。腕木信号機にタブレット、それに運が良ければ単行運用もあり、関東の気動車鉄ちゃんにとっては願ってもないホットスポットの誕生となった。と はいえ、その年私は受験生。勉強に追われる日々に、キハを追い掛ける余裕はなかった。念願叶ってようやく房総の奥地を訪れたのは、浪人が決定した春3月のこと。 すでに改正を前に信号は色灯化され、腕木は姿を消していた。

それでも青春18きっぷで乗り鉄しながら、色味のない景色の中タラコを撮った。八高線の記憶を埋め合わせるように。しかし、もう1年受験生生活をしているうちに、 タラコは見るも無残な新久留里色に塗り替えられてしまった。アクアラインの開通を機に始まったこの塗色、キハ38とデザインを合わせたのか、まるで似合わぬブラ ックフェイスが無理矢理採用され、キハ30は生ける屍と化してしまったのだった。



時は流れて2009年、もはや亡きものと思っていたキハ30が突如復活を遂げた。木更津運輸区の3両が順次国鉄色に塗り戻されることになったのである。我々の世代とし てはタラコでないのがやや残念だったが、それでも珍妙極まりない新塗装よりははるかに素晴らしい。12年前に一度訪問しただけだった久留里線に、俄かに興味が湧い てきた。

09・07・14 上総亀山駅 NikonF5 AF-INikkor500oF4ED×1.4 RVP100
梅雨時の憂さ晴らしに小湊と紫陽花を狙いに行った帰り道、ふと思い立って飯給から西に進路をとった。ナビの画面は小櫃付近へのショートカットルートを示している。 丘陵地帯をヘアピンで抜けると国道409号に出た。アングルを探しながらアテもなくハンドルを握る。久留里を過ぎた。里から山へと風景が変わり、走ること約20分、終 点上総亀山まで来てしまった。

塗装変更は始まったばかり。憧れのツートンに変身したのはまだ僅か1両。まさかいきなり出会えるわけはないだろう、期待半分、諦め半分で踏切から構内を覗くと…い た!そこにはキハ37を従えて、確かにクリームとオレンジのツートンが佇んでいた。雲間から差し込む光がピカピカの車体を照らす。早速車内から新兵器の500oを持ち出 してプロ4にセット。×1.4テレコンを付けて700o相当でその顔面を切り取った。



その後キハ30は3両すべてが塗り替えられたが、運用がよくわからない。しかも、基本は増結用で他の新塗装の車両と組むことばかり。なかなか純粋な国鉄色編成を捉え ることはできなかった。そんな中、朗報が飛び込んできたのは 2010年のゴールデンウィークのこと。千葉支社の粋な計らいで、4月30日から5月2日にかけて定期運用に キハ30のみの編成を充当する国鉄色祭りが開かれることになったのである。もう、遠征予定はそっちのけ。連休は地元で過ごすことになった。

10・05・01 横田駅 NikonF5 AFNikkor20-35oF2.8 RVP100
最初の1カットは横田駅のタブレット交換を狙うことにした。関東近辺では、スタフ閉塞の烏山線とここ久留里線でしか見られないキャリアーの受け渡しシーン。国鉄色 との組み合わせは想像するだけで心が躍る。線形と光線を考えると、北東方向から日が当たる下り1番列車を横田で撮るのがベストという結論に至った。

似たようなことを考えている鉄ちゃんでパニックしたらどうしようと若干の不安に駆られながら、早朝の館山道を南下する。家から1時間も走れば木更津北IC。そこか ら数分で目的地に到着する。果たして…同業者はほとんどおらず、駅前は普段通りの静かな装いのままだった。結局集まったのはたった5人。乗り鉄のゲリラ撮りを恐れ て広角でホームから構えることにする。

6時45分頃、ポイントを渡ってオール国鉄色の見事な編成が登場。まずはタブレットの“渡し”をF5で押さえる。続いて上りが入線し、タブレットを交換して発車。そし てキハ30の運転士が新しいタマを受け取る。“受け”のシーンをデジで撮って発車を見送り、第一のミッション終了。空は真っ青、今日はいい1日になりそうだ。

10・05・01 上総松丘−平山 PENTAX67 smcPENTAX400oF4ED RVP(+1)
返しは久留里以遠で迎え撃つ。平山−久留里の跨線橋は、アウトカーブを見下ろす感じでなかなかよい雰囲気。正面への光線の回りがやや悪いが、久留里城の俯瞰を知ら なかったこのときは他に選択肢も思い浮かばず、早々に三脚を立てた。

それにしてもこの道路、細い割に交通量が多い。鉄ちゃんが大量集結する脇を地元の車や農家の軽トラがひっきりなしに行き来する。中には房総のお約束、ガラの悪いセ ルシオが意味もなくクラクション全開で嫌がらせ…という一幕も。そんな喧騒の中、間もなくカーブを切って狙いの3連がやって来た。

10・05・01 上総松丘−上総亀山 PENTAX67 smcPENTAX400oF4ED RVP(+1)
次は、終点に近い上総松丘−上総亀山間の切り通しアングル。人工物が一切入らず、周囲は全面木々の緑という、今日のメインアングルである。立ち位置となる細い旧道 には早くも三脚の列。といっても、よくよく見れば各地で顔を合わせる身内ばかりであった。ペンタ400とF5にサンニッパの2台切り。間もなく、カーブを切って、新緑 眩しい木立の中を国鉄色がやって来た。屋根上に一列に並ぶグローブベンチレーターが壮観!

10・05・01 上総松丘−平山 NikonF5 AF-SNikkor300oF2.8ED RVP100
返しは陽が高くなってしまってどこもイマイチ。悩んだ末に朝撮ったオーバークロスから後追いで木更津方を狙う。本当は手前の水を張った田んぼを入れたいところだったが、 何を思ったかその畦に鉄が数名。そこで撮るか?と思ってももはや後の祭りである。仕方なくサンニッパ打ち抜きで切り取ってみた。

10・05・01 上総亀山駅
NikonF3Limited AF-SNikkor300oF2.8ED RVP100
午後一発目は平山の駅先端から超望遠で。しかし陽炎モヤモヤでさっぱりダメ、撮った瞬間非Xを確信した。そのままでは悔しいので、少しでもコマ数を稼ごうと上総亀山ま で追走する。山間の終着駅は、5月に入ったというのに菜の花にチューリップ、八重桜と色とりどりの花に囲まれていた。まずは手前の菜の花をボカして、サンニッパで顔面 撮り。中古で手に入れたばかりの F3 Limited の感触を確かめながらシャッターを切った。

10・05・01 上総亀山駅 PENTAX67 smcPENTAX300oF4ED RVP(+1)
938Dは、14時01分に上総亀山を発車する。今日のキハ30の運用はこれが最後。ホームの反対側に回り、菜の花とチューリップを前景にエンジンが唸りを上げるのを待つ。定時、 3両のキハ30から同時に紫煙が吹き上がり、列車はゆっくりと動き出した。かつて八高線の小さな旅でさんざん耳にした懐かしい音を聞きながら、ファインダーから目を離して 走り去る食パン気動車を見送った。



翌日はキハ30の出番は夕方から。午前中は「北斗星」の朝練に豊原−白坂まで出掛け、日も傾いた頃に久留里に向かった。幸い今日も天気は良い。西日に照らされる沿線を流し て撮影地を探す。やはり撮るならロケーションに恵まれた久留里以南がベストだろう。線路が西を向く平山付近を中心に、しばし線路沿いを探索した。
10・05・02 平山−久留里 PENTAX67 smcPENTAX400oF4ED RVP(+1)
構えたのは、久留里−平山のカーブした鉄橋。アウト側からペンタ400で綺麗に2両を切り取れる。目障りなバックの家は、木で隠してしまおう。好きなように立ち位置を決めて セッティング。昨日あれだけ展開していた鉄集団はまるで見掛けず、撮影地は独り占めである。間もなく、夕日を浴びて現れたツートンを静かに見送った。

10・05・02 平山−久留里 PENTAX67 smcPENTAX165oF2.8 RVP(+1)
返しの列車も、特に場所のアテもなくナビを頼りにポイント探索。できればこの時期ならではの水を張った田んぼを絡めたい。行きの鉄橋アングルから1キロほど平山寄りに、お あつらえ向きの場所を発見した。2両目は藪にかかりそうだが、まぁ車体の一部が見えればいいだろう。日はますます傾き、あちこちに影が伸びてきた。早く来てくれ!祈るよう な気持ちでファインダーを覗いていると、遠くからエンジンの唸りが聞こえてきた。

10・05・02 上総亀山駅 NikonD700 AF-SNikkor300oF2.8ED RVP100
国鉄色2連と久留里で交換してくる下り列車に、残る1両のキハ30が充当されていた。せっかくだから何かしら撮って行こう。上総亀山でアングルを吟味すると、駅の外れに満開 を迎えた八重桜を発見した。撮るならこうか?露出が微妙なためデジを持ち出し、薄桃色の花弁に焦点を合わせて、尾灯を点けたツートンをバックにぼかす。背面モニターには、 春の宵の終着駅の情景が浮かび上がった。



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