GALLERY10 姫川渓谷に国鉄色を追って 〜秋〜 1.水田が黄金に染まる頃
この時期、何度訪ねても大糸沿線で他に撮影している人を見ることはなかった。どうも大糸の収穫シーズンをこまめに狙っていた鉄ちゃんは多くはなかったようである。というわけで、 今回は知る人ぞ知る初秋の姫川渓谷の情景をお伝えしようと思う。 地獄の夏期講習を終えてから2学期の講座が開講するまでは束の間の休息。早速、終夜運転で姫川渓谷の田園地帯に向かった。目を付けていたのは南小谷−中土の宮本踏切付近。朝一 の糸魚川行きが北アルプスのツインピークバックで撮れる定番アングルは、同時に小じんまりした水田が切り拓かれた、小さな里でもある。俯瞰から地べたまで、どうやって切り取ろ うかとワクワクしながら現地に到着。が…9月初旬では時期が早すぎた。稲穂はまだ青みが強く、収穫には程遠い。思ったよりも空気の抜けも悪く、背後の山も雲隠れ。うーん、惨敗! 朝一のタラコを見送った後は、他にやることもないので糸魚川の機関区を訪れてみた。 クラでは、朝の仕業を終えてひと休みするタラコと午後の運用に向けて検修中のツートンが仲良く並んでいた。どちらも順光でまさにベストポジション!職員の方に許可を取り、著し く国鉄チックな情景を一頻り撮らせていただくことができた。
昼近くなってだいぶ空が青くなってきた。相変わらず遠景は靄っているが、接近戦ならある程度勝負になりそうだ。とはいえ、9月初めはまだ夏の光線。昼前後のトップライトでは 絵作りは難しい。北小谷の道の駅で軽く汗を流してから、15時台のキハを狙って李平の棚田に三脚を据えた。 北小谷から平岩に向かってすぐ、線路が真那板トンネルに入る手前に李平という小規模な集落がある。先人が苦労しながら拓いたのであろう、姫川沿いの猫の額程の狭い谷間に作ら れた棚田を、線路は築堤と短い鉄橋で越えてゆく。一見何気ない風景のようだが、川路線のイメージが強い大糸線において数少ない箱庭的情景。田んぼの表情で季節感を出すには欠 かすことのできない貴重な撮影地であった。 南小谷同様こちらもまだまだ稲の色付きは浅いものの、見上げの構図で撮る分どうにか誤魔化せそうである。階段状に続くカーペットを一杯入れて、標準レンズで構図を作る。タイ フォンが鳴った。ゆっくりと現れたツートンは、やっぱり里の風景に見事に溶け込んでいた。
まだまだ空気は夏のそれだが、日の入りだけは確実に早まっている。次のキハは日没コールドで不戦敗。本日はこれにて撤収である。狙っていた金色田んぼに関しては成果はイマイチ。 でも、それなら撮れるまでとことん通ってやるまでのこと。次週の再訪を誓い、初秋の姫川渓谷を後にした。 翌週末、土曜日の天気予報は晴れ。行くか!この年は金曜が大和で23時まで勤務だったため、帰宅は0時オーバー。そこから準備を整えて出発が1時。眠い目をこすりつつハンドルを 握り、終夜運転で南小谷に乗り込んだ。今日の狙いは、宮本踏切付近を山中の集落から大俯瞰するポイント。朝は正面しか日が当らないが、限りなく面屋根に近い構図だし、それはあ まり気にならないだろう。気温が上がる前のクリアーな空気に期待して、急斜面を登った。 目の前に広がった景色は想像以上のものだった。バックの山々のピークこそ出なかったものの水蒸気が却って晩夏の風情を漂わせ、線路脇の田んぼは図った通りの黄金色。深緑の木々 とのコントラストが美しい。朝一番の南小谷往復にはタラコが入った。遥か遠くで踏切の音。姫川のせせらぎだけが響く朝の静寂に、DMHの鼓動が聞こえてきた。単調に轍を刻む紅 一点の気動車。大自然の中に、今日も国鉄色は輝いていた。
このツアー時にはツートンがお休み。撮影効率は半減したが、その分2日間粘ってカット数を稼いだ。幸い両日ともバリ晴れ!2日目は同じ区間を今度は地べたから狙ってみた。この 角度から見ると背後に綺麗な円錐形の山が2つ。フォッサマグナの険しさを感じる奇観である。これをまとめるにはペンタ200のタテ位置がしっくり。稲穂の黄色、キハの朱色、それに 天高い秋空の青が気持ち良いコントラストを見せてくれた。
南小谷の俯瞰は午後の斜光線も美しい。16時台のスジに入るタラコを目当てに再びここにやって来た。せっかくなのでペンタ400とマミヤ+バケ300の中判2台をセット。間もなく、カ ーブの奥の南小谷の駅からライトが動き出した。単行の気動車は山裾を回り、半逆光に輝くススキを揺らしながらトコトコと歩を進める。最後の直線に入ったところを手で巻き上げな がら乱れ撃ち。やがてエンジンの唸りが遠ざかると、辺りには夏の名残りを感じさせる虫の音だけが残った。
9月も2週目に入り、ようやく秋らしさが見えてきた。早い所では来週にはそろそろ稲刈りが始まるのではないだろうか。前年美味しいチャンスを逃しているだけに、今年こそははさ 掛けと国鉄色を押さえたい。6日後の訪問を予感しながら、日没間際の148号を南下した。 そして6日後、やはり私は大糸にいた。沿線一帯はそろそろ刈り穫りの時期。はさ掛けと国鉄色という「これぞ日本の秋」的風景を是非フィルムに焼きつけたい。それに、何より前年 のリベンジを果たさなければ気が済まなかった。 2004年の秋分の日連休、国鉄色に復活したばかりのキハ52 115と、同じく国鉄色に復活した高岡の58・28を併結し、計3連で運用を組むというイベントがあった。スジを見ながら、さ てどこで撮ろうかと楽しみに待った。が、前日17時予報では長野県北部は曇り時々雨。新潟県上越も同じく。これじゃあねぇ…。仕事の締め切りに追われていたこともあり、弱気の虫 に唆されてついつい出撃を見送った。ところが!その夜のキハ系掲示板では、秋の日差しを受けて収穫真っ只中の沿線を行く国鉄色3連のX写真が連発!予報は大外れで、現地は逆転 のバリ晴れに恵まれたらしい。何だとぉー!もはや悔やんでも後の祭り。まるで当たらぬ大本営発表も悪いが、それを鵜呑みにした自分も悪かったのである。以来1年間、3連は無理 としても、はさ掛けの景色を行く国鉄色を必ずや切り取ってやろうと雌伏の時を過ごすことになったのだった。 3週連続で張り付いている南小谷の宮本橋付近。この界隈もいよいよ収穫を迎え、はさ掛けが並び始めていた。その傍らには干した稲を守るように案山子が立ち、鳥たちの襲来に目を 光らせる。おぉ、これぞ里の秋!どうにか上手くアングルにまとめられないかと畔道を右往左往して、ペンタ90oで構えてみた。
今度は隣のはさを絡めてナナメから。地元の農家のおっちゃん曰く「最近は販売用の米はコンバインで刈ってすぐ出荷しちゃう。こうやって天日で干すのは自分たちで食べる分だけだ よ。でもこの味が格別なんだなぁ…」
北小谷の李平集落も刈り取りが始まっていた。折しも田んぼには軽トラが入り農作業の真っ只中。許可をいただき、ペンタ90で広めにアングルを取る。空を見上げれば、文字通り「天 高く馬肥ゆる秋」、澄んだ青空に小さく浮かぶ綿雲がいとをかし。間もなく、赤ツートンの115号がゆっくりと築堤に現れた。
翌朝は頸城大野付近へ。ホームの前に広がる水田を入れて…と考えていたのだが、こちらはすでに刈り取り済みではさ掛けもなし。どうにもモチーフが見つからず、入線シーンを撮る ことにした。なんかフツーだなぁ。それでも、単純な構図ながら趣ある駅の雰囲気のお陰でまずまずのカットになってくれた。ま、こういう絵も撮りたいと思いつつ撮れてなかったか ら、よしとするか!
続行のタラコはホームで軽くスナップ撮りし、折り返しを仕留めるべく南小谷へ一直線。宮本橋の定番にやって来た。少し靄った朝ではあったが、どうにかバックの山は見えている。 いつものように上段の道の突き当たりに三脚を構えようとしたが、待てよ!切り位置付近に1枚だけ金色田んぼが残っている。これは下からの方がXではないか?予想通り、下に降り て線路際からバケ4で覗くと、黄色の稲穂とツインピークがピッタリ。糸魚川行きの一番列車を狙い通りに頂戴することができた。
続いて午後の部。今日ははさ掛け並ぶ李平を対岸から俯瞰してみよう。ススキが伸び放題の斜面を駆け上がると、姫川の向こうに棚田が見える。昨日に比べるとだいぶ刈り取りが進 んだようだ。刈られた稲は片隅に束にして置かれている。これをはさ木に掛けていくのだろう。棚田の様子を大きめに捉えようと、ペンタ400でアップの構図を取ってみた。谷を吹き 抜ける風に乗って北小谷発車のタイフォンが聞こえると、間もなくタラコがファインダーに現れた。
GWの田植えから見つめてきた大糸沿線の田んぼの歳時記もこれで一段落。9月に入ってから毎週の課題であった大糸詣では紅葉シーズンまでお休みである。例年なら秋雨前線や台風 に翻弄されるこの時期だが、幸い週末ごとに好天に恵まれ、欲しいカットを順調に押さえることができた。ただ、唯一の課題は金色田んぼで頸城大野の雨飾山バックが極められなかっ たこと。こればかりは365日後までの宿題と思うしかないですなぁ…。 しかし、以来4年間、結局頸城大野を極めるチャンスはやってこなかった。2006年からは秋毎にJR各社のネタ祭りが始まり、やれ「くずりゅう」だ国鉄色の「ぐるり」だ四国の 58・65だ…と言っているうちに、あっという間にラストイヤー。そして09年も「雷鳥」フィーバーに夢中になって、気付けば収穫の時期を逸してしまっていた。
首を垂れる稲穂、畔を深紅に染める彼岸花、農家の人々が万感を込めて行う刈り取り、それにはさ掛け。初秋の田園は、紛れもなく日本の原風景が凝縮された空間であった。そこに 溶け込むように、飾らぬ姿で走る国鉄色の気動車たち。こんな情景を、願わくばもう数シーズンだけ、ファインダーを通して眺めていたかった。
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