鉄路百景 GALLERY08.ブルートレイン★Collection 07

GALLERY08 ブルートレイン★Collection

7.ブルートレイン★Collection〜上野駅 夜汽車劇場の終幕〜

夜も更けゆく23時台の上野駅。千鳥足のオヤジさんが徘徊する地上ホームの喧騒を余所に、ガランとした地平ホームからは今日も夜汽車が旅立ってゆく。23時03分発、金沢行き 寝台特急「北陸」、23時33分発、同じく金沢行き夜行急行「能登」。全盛期に比べれば本数はずいぶん減ったとはいえ、この2本は、国鉄時代とさして変わらぬターミナル上野 の情景を確かに今に伝えてくれていた。その両雄が今年3月の改正で姿を消すという。前々から怪しいという噂は幾度も出ていたので、関東の朝練名所神保原では既にバッチリ Xを極めている。だとすると…

気付けば季節は冬。走りの写真は不可能な時期になっていた。ならば以前から撮ってみたかった上野駅の情景を切り取ってみよう。15番ホームの端に刻まれた「ふるさとの 訛 なつかし停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」という啄木が描いたイメージを頭に浮かべながら。

10・03・12 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
上野駅地平ホームのスナップは以前から興味があったのだが、如何せん低感度のポジでは撮るに撮れない悪条件。それがデジカメの登場で様相は一変した。今さら言うまでもなく、 高感度域の実用性、何度撮り直してもコストが嵩まない手軽さなどデジのメリットは枚挙にいとまがない。というわけで、専ら銀塩派を自認する私だが、今回だけはD700をメ インに据えて作品を作ってみた。

普段着の夜汽車を撮るなら早めに動くに越したことはない。「北陸」「能登」廃止の話は正式なプレスリリース前から風の便りに聞いていた。よし、行こう!スナップ・闇鉄に積極 的な仲間内に刺激されて、12月・1月と幾度か深夜の上野探訪を繰り返した。

  
左:09・12・04 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
右:10・01・30 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
昨年「あけぼの」に37・38兄弟が登板するまで、ロクヨン唯一のブルトレ仕業だった「北陸」上野−長岡間。PFが華の九州特急の先頭に立っていた頃を知らない私としては、「北 陸」こそが唯一青い箱型電機と寝台客車のシブい組み合わせの魅力を教えてくれる存在だった。コイツを、これまた長距離列車全盛だった頃の面影を残す上野地平ホームと絡めるに は…。色々頭をひねったが、慣れないうちはなかなかイメージが湧いてこず、普通の部分撮りしかできなかった。

  
左:10・01・30 上野駅 NikonD700   AFNikkor300oF4ED
右:09・12・04 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
09・12・04 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
もう一方の雄、489系「能登」。一時は“白山色”に変身していたが、2000年頃から国鉄色に復活。もはや485帝国の北陸特急でも見られない原色ボンネットが、深夜の上野から毎晩旅 立っているというのは、少し大袈裟な言い方をすれば現代の奇跡であった。

浪人時代、密かに碓氷峠に出向くときには、よくスーパーホリデーパス片手に「能登」で出発、深夜に横川入りというコースを採っていた。勉強に追われる日々から一瞬だけ抜け出す 1日、ラウンジから眺める街の灯りが私を非日常へと誘ってくれたものだった。あの頃と変わらぬ16番ホームから、今宵も金沢行き夜行急行の発車を知らせるベルが鳴る。

  
左:10・02・27 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
右:10・03・07 上野駅 NikonD700  AFNikkor80-200oF2.8



何度か通ううちに入線〜発車の流れがつかめてきた。列車の動き、乗務員の動き、駅員の動き、お客の動き。これらを一連の絵にできないものだろうか?そんなことを考え始め ると、少しずつ Midnight Story at Ueno-station の構想が湧いてきた。廃止まで1ヶ月を切ってホームに人が増えてきたことも、イマジネーションの膨らみに拍車をかけた。

10・03・07 上野駅 NikonD700 AFNikkor300oF4ED
「トォサン番、列車接近!」 22時45分頃、無骨な鉄柱が並ぶ地平ホームに推進回送でゆっくりと寝台車が入って来る。貫通扉を開け放ち、前方を注視しながら運転士がレバー を握る。こうして客車をソロリソロリと動かす姿は、ちょうどオリンピックシーズンとも重なって、ストーンを投じるカーリング選手を思い起こさせた。

10・02・27 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
廃止2週間前。この日は悪天候にメゲて★氏・パールホワイト氏と上野で飲んでいた。もちろんカメラは持参。侍は片時も刀を手放してはいけないのである。ちょっといい気分で 23時前に13番ホームへ。多少のギャラリーと警備はいたが、まだ現地は静かなままだった。

09・03・07 上野駅 NikonD700 AFNikkor300oF4ED
  
左:10・02・27 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
右:10・03・07 上野駅 NikonD700    AFNikkor300oF4ED
「間もなく13番線から寝台特急「北陸号」金沢行きが発車致します…」けたたましいベルと肉声の放送。駅員が客扱い終了の白色灯を振り、車掌が指差しで安全を確認してゆっく りと客車は動き出す。毎夜繰り返される出発の儀式。一見形式化したこの繰り返しが、日々の安全運行を縁の下で支えている。

10・02・27 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
昔は、長距離列車の発着する駅ならどこでも見られた軒先の号車案内札。次々と在来特急・急行が消えていく昨今はこれがずいぶん貴重になった。今日は、コイツを絡めてボンネ ットをブラしてみよか…。



10・03・07 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
廃止1週間前、またまた天気が悪かったためブラッと上野にやって来た。明らかに先月より見物客が増えている。よしよし、お祭り好きの血が騒ぐ。見物客の注目を浴びながら花道 に現れるボンネットの雄姿を収めてやろうじゃないか!幸いまだ三脚規制はなかった。ホーム端から望遠ズームで3灯ライトの接近を狙ってみた。休日は「ホームライナー」運用が なく「能登」マークで入って来たのもX!

  
左右とも:10・02・27 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
  
左:10・01・30 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
右:09・12・04 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
車掌サンが最もカッコよく見えるとき、それは安全確認の指差しの一瞬だと思う。前方を注視する鋭い眼差し、キビキビとした動きは鉄道に魅せられた少年時代、誰もが一度は憧れた 姿に違いない。それが優等列車の乗務員となればもう格別!だからこそ「銀河」「富士・ぶさ」等の廃止間際のスナップでは、必ずと言っていいほどそのシーンを狙って来た。ところが、 最大の難点はどんなに車掌氏がカッコよく極まっていても、車体はみな同じ14系か24系の最後尾で、これが一体何の列車だったのか分からなくなってしまうこと(汗)。その点「能登」 はありがたかった。たとえマークは写らなくとも、国鉄特急色のボンネット車に「急行/EXPRESS」の表記は「能登」の証。「北陸」ではあまりやらなかった指差しシーンを、「能登」 では何度も角度を変えて追うことになった。

10・03・07 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
23時33分、急行「能登」発車!週末は酔っ払いの帰宅列車としての役割も持っていて、接続電車を待って数分遅れで上野を後にすることも多かった。この日は日曜の夜ということ もあってさすがに酔っ払いは少なく、定時にボンネットは地平ホームを滑り出して行った。



いよいよ毎年恒例、3月改正の日が間近に迫って来た。当日はもちろん昨年の「富士・はやぶさ」同様、人混みに紛れてプレス写真のようなカットを切り取るつもりなのだが、上野 トォサン番では東京駅の新幹線ホームのような狙撃場所がない。最悪グッチャグチャで何も撮れないリスクも考慮して、前日予行演習兼押さえカットの撮影に出向くことにした。

 
左右とも:10・03・11 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
10・03・11 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
最終日よりは警備が緩いだろうと踏んで、ハスキー4段にペンタ400のトランクだけ持参。これを踏み台にしてハイアンすれば、少々の人集りはかわすことができるはず。案の定、 現地は人混みの雰囲気は出ていながら写真は撮れるという程よい?パニりぶり。それでも三脚使用不可のお達しが出たため、ハスキーを畳んで一脚仕様にし、「北陸」の発車を見 送った。

10・03・11 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
続いては「能登」の入線。「ホームライナー」の看板を付けて入って来た489系は、ここで集まったギャラリーの注目を一身に浴びて「能登」に変身する。外嵌めマークの取り外 しという貴重なシーンも、あと1日で見納めとなる。

10・03・11 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
廃止間際になって駆け込み撮影に走る輩を、人は“葬式鉄”と呼ぶ。かく言う我々だって「あと1年らしいよ!」という噂を聞いてからターボがかかるのだから言えた義理ではな いけれど、しかし、ホントの間際になっての俄か鉄というのはもう滅茶苦茶である。柵から身を乗り出して、ブレブレ甘ピンの画面が傾いた写真を撮って一体どうするんだろうか (笑)。ま、所詮は他人事、そこまで知ったこっちゃないが、そんな慌てる人々を画面に入れて、一歩引いて撮るのもなかなか“オツ”なものである。

10・03・11 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
予想通り、発車間際に一番人が集まったのは最後尾だった。というわけで、指差しカットの定位置はガラガラ。明日はもう無理だろうから、これが最後の車掌氏の雄姿!大勢の ギャラリーを背にしてもいつもと変わらず安全確認を怠らぬ姿勢に敬意を表して、モードラ全開でその姿を切り取った。



そしていよいよ運命の3月12日、改正前夜。この夜上野駅には、新聞報道によると約3000人のファンが集まったという。我々はといえば、呑気に駅前でブルトレ送別会と称して 宴を張って、22時半過ぎにほろ酔い加減でトォサン番入り。予想に違わぬ人出に互いに顔を見合わせて苦笑い。駅員・警備員の怒号は飛ぶ、酔っ払いは鉄に絡む、いやはや、こ こ数年見慣れた光景ではあったが、やっぱり今回も阿鼻叫喚…であった。

 
左:10・03・12 上野駅 NikonD700  AFNikkor80-200oF2.8
右:10・03・12 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
10・03・12 上野駅 NikonD700 AFNikkor80-200oF2.8
どう考えても普通には撮れないので、ダメ元でノーファインダー撮影。カメラを頭上に掲げ、全くの当てずっぽうで撃ちまくる。我がD700にはライブビュー機能なるものがある らしいが、購入以来ほとんど取説を見ていない私には、どこをどうやるのやらサッパリわからない。天井の配管しか写ってなかったり、右側の鉄柱がデカデカとボケていたり、目 も当てられないカットもたくさんあったが、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとはよく言ったもので、数枚だけアタリがあった。

あまりの混雑に14番へ退避していると、最後の発車ベルが鳴り響く。13番からは野太い「アリガトォ〜!」の大合唱。いよいよ「北陸」が追憶の彼方へと去って行く。我々は 身動きできないまま、寝台車独特の深い屋根が少しずつ遠ざかっていくのを確認するしか術がなかった。

  
左:10・03・12 上野駅 NikonD700  AFNikkor80-200oF2.8
右:10・03・12 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
休む間もなく、続いて「能登」の489系が入線。報道陣が待ち構える成田空港に国際試合から帰って来る選手の如く、カメラの砲列の中を静々とボンネットが進む。オデコのライ トしか確認できない私は、これまたさっきと同じようにノーファインダーでメッタ切り。標準系ズームだったこともあり、まずまずの絵が撮れた。

10・03・12 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
定期「能登」の最後の出発時刻が迫って来た。深夜の上野駅夜汽車劇場もいよいよ最終章。周囲の過熱ぶりは最高潮。13・14番のホーム端にはカメラを持った人・人・人…。つい に13番には規制線が張られ、乗客以外に入場制限がかけられた。その直前に入った我々はギリギリセーフ。結局フツーに撮るのは不可能と判断し、やっぱりいつも通り?今日も車 掌サンの凛々しい姿で物語のエンディングを締めることにした。

 
10・03・12 上野駅 NikonD700 AF-SNikkor28-70oF2.8
発車の案内、ベルの音、「黄色い線から下がってください!」という警備の叫び声、そして「さようなら〜」「ボンネットありがとぅ〜」という恒例の鉄ヲタコール。喧騒の中定 期「能登」は最後の旅路へと静かに動き出す。我々の目の前を、多くの人に手を振って見送られながらボンネットの長いノーズが通り過ぎた。後は我々もただ手を振るのみ。2灯 のテールランプは雑踏を抜け、やがて夜の闇へと消えていった。

上野駅23時台。地平ホームから相次いで夜行列車が旅立ってゆく“夜汽車劇場〜北陸編〜”はこうして幕を閉じた。ここ数年、櫛の歯が抜け落ちるように数を減らし続けるブルー トレインたち。上野発着で残るのは、あと「北斗星」「カシオペア」「あけぼの」の3本。このうち、対北海道輸送の花形として垢抜けた雰囲気のあるカシ&トセイを除くと、 「津軽海峡冬景色」が似合う夜行列車は「あけぼの」のみとなった。だが、それも今年12月の東北新幹線新青森開業で転機が訪れる可能性が高い。

「トォサン番、列車接近」で今宵も始まる上野駅夜汽車劇場は、いよいよ本当のエピローグに入った。



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