鉄路百景 GALLERY07.盛岡キハ 6年間の奇跡 03

GALLERY07 盛岡キハ 6年間の奇跡

3.最後の秘境ローカル線〜岩泉線編〜

「最後のローカル線」こんなキャッチフレーズは、深名線(深川−名寄間 '95年廃止)無き後もう聞くことはないだろう、そう思っていた。 国鉄色の単行気動車、朝礼台のような板張りのホーム、人跡未踏の圧倒的自然の中のか細い鉄路…。高校2年の夏に周遊券を握り締め、単 身乗り込んだ「最後のローカル線」、それは私の中に間違いなく一つの鉄道原風景を刻み込むことになった。

その後も撮影の中心は常にローカル線にあった。暇だけは持て余していた学生時代には、18きっぷや愛車スーパーカブを駆使して全国を行 脚した。確かにこの頃巡った各地の鉄道情景には心打たれるシーンが多かった。客レ最後の聖地久大本線、白砂青松の山陰本線、赤き古豪 たちの里名鉄谷汲線など、忘れ得ぬ名舞台は枚挙に暇がない。だが、何かが違う、高校時代に強烈な印象を受けた深名線的ローカル線像と はどこかが違うと感じ続けていた。

やがて結論は出た。それは「人の匂い」。「自然に対する人間の力の大きさ」と言い換えていいかもしれない。久大にしても山陰にしても 谷汲にしても、沿線はほぼ途切れることなく農村・漁村・里山が続く。長い歴史の中で人々が自然を手なづけ克服しながら形作ってきた風 景、もっと言えば「文明」の中を走っているのである。それに対して深名線は、一部の集落を除けば360度圧倒的な自然に囲まれていた。手 付かずの原生林の中、2条のレールだけが唯一の文明の香り…沿線のほとんどがそんな様子だった。そこから自然への畏怖を感じ、また、 だからこそ人と鉄道のかかわりが一層浮き立って見えた。そう、自分の中の心象風景としてあるのは、圧倒的な自然の存在感だったのだ。

穏やかな里の情景にも心動かされるが、久しぶりにゾクゾクするような大自然のスケールを味わいたい。そんな頃、「岩泉線」の名を鉄道 誌でちらほら目にするようになった。1日たった4往復の運転本数、板張り朝礼台の秘境駅押角、押角峠の大パノラマ、そして主役は単行 のキハ52。条件は整った。関西の若造鉄にはまるで無縁だったこの路線に実際に足を踏み入れるまで、もうさほど時間は必要なかった。



押角峠の大自然についつい目が行きがちな岩泉線だが、始発の茂市から岩手和井内までは刈屋谷の集落の中を縫うように走る。車窓には、 狭い谷間に作られた小さな田畑が映り、駅からは町に出るお年寄りや学校に通う子どもたちも乗ってくる。そう、岩泉線もその序章は里を 行くローカル線なのだ。

とはいえ、文明と自然の力の比率が、人の手が入って長い西日本などとは大きく異なる。切り開いた田畑はふと油断するとすぐにでも自然 に返ってしまいそうだし、細い道路も左右に生い茂る林の木々にうかうかしていると飲み込まれてしまいそうだ。近年、国道340号の拡張工 事でこうした雰囲気は変わってきつつあるが、それでも線路に沿った旧道を走ると、押し寄せる自然の力に人間が必死で抗しながら生きて きた様子がひしひしと伝わってくる。

02・06・06 茂市駅 MamiyaM645SUPER SEKOR A200oF2.8 RVP100
岩泉線の旅は、山間の鄙びたジャンクション茂市駅から始まる。地方交通線の廃止が相次いだ後、ローカル線の中間駅からさらに支線が分 岐するのは全国的に見ても珍しい。しかも国鉄型気動車が現役で活躍している路線となると、本当にここ岩泉線くらいではないだろうか。 駅の裏手を通る国道のバイパスから発車前の685Dを1枚。さて、今日はこれからどこで撮ろうか。

07・08・12 中里−岩手刈屋 NikonF5 AFNikkor80-200oF2.8 RVP100
岩手刈屋〜中里〜岩手和井内では何箇所か線路の東側に田んぼが開けている場所がある。初めて岩泉線を訪れた頃は、岩手和井内の手前の 古い農家がある付近でよく撮影した。だが、2年ほど前にバイパスの工事が進み、アングルは消滅。最近は岩手刈屋−中里のこの区間がも っぱら朝一の681Dの定番になっていた。この日はA62が国鉄色。前夜茂市駅で単行であることを確認し、意気揚々とここで構えた。鋭い朝 日を受けてツートンが行く。これまで霧や突発雲にやられて撮れそうで撮れていなかった基本アングルを、ようやく押さえることができた。

 07・10・06 中里−岩手刈屋 NikonF5 AFNikkor300oF4ED RVP100 PENT

今年の10月初旬、週末に国鉄色がA62に入った。もしかしたらチャンスはこれが最後かもしれない。周囲に連絡を取ると、LIBERTY氏がパパ の職責を放棄してへっぽこ氏と2週連続の出撃を企んでいるという。私も便乗をお願いし、3人で金曜深夜の東北道を北に向かった。白い 特急LIBERTY号は快足を飛ばし、夜明け前に刈屋−中里の築堤に到着。LIBERTY氏は先週ここでキハのギラリを撮り逃したのが悔しく、再戦 のリングに上がったのだという。確かにファインダーを覗くと、背後からようやく顔を出した秋の遅い朝日と薄い朝もやが画面を金色に染 めている。これはいい!間もなくタイフォンが谷間に響いた。アップダウンの向こうからヘッドライトが現れる。タタン・タタン…単調な リズムを刻みながら近づいてくる主役にモードラ全開でシャッターを切った。

 04・05・01 中里−岩手刈屋 NikonF4s AFNikkor80-200oF2.8 RVP100 PE

2004年のGWはさささ先輩と東北を巡った。この日は前年秋から引き続いて設定された「キハ52・58岩泉号」がターゲット。だが、予報に反 して天候が思わしくない。行きの山田線内は木々が芽吹き始めていた腹帯−茂市間で適当に撮り、天気の回復を期待して岩泉に転戦した。 ところが岩泉は、メインの押角峠前後が完全な冬枯れ。万策尽きたか!? その時、中里−刈屋で線路脇に芝桜が咲いているのを発見。迷わず 編成は捨ててここでセッティング。結果は大正解。直前で太陽も顔を出し、イメージ通りのカットをものにすることができた。



岩泉線は趣のある木造駅舎にも人気があった。その代表が岩手和井内と岩手刈屋。和井内は数年前に解体されてしまったが、刈屋の駅舎は 国鉄型終焉まで健在で、よくマルヨでお世話になったものだった。また、改札口やホームには花壇があり、地元の方が手入れされているの か、季節ごとに色とりどりの花が目を楽しませてくれた。

 
左:05・07・17 岩手刈屋駅 NikonF4s AFNikkor50oF1.4 RVP100
右:05・07・17 岩手刈屋駅 NikonF4s AFNikkor80-200oF2.8 RVP100
鉄ちゃんツアー中はいつもカーマルヨで過ごす私だが、岩泉線ではほぼ必ず駅マルヨ。「海の日号」撮影で来たこの日は岩手刈屋を宿にし た。コンビニのある茂市から近いこと、朝一の撮影地にすぐ行けること、それに柔かい長椅子が置いてあったことが決め手。水場がない のを除けば、私にとって文句なしの5つ星ホテルだった。

 
左:05・07・17 岩手刈屋駅 NikonF4s AFNikkor80-200oF2.8 RVP100
右:04・08・12 岩手刈屋駅 NikonF4s AFNikkor80-200oF2.8 RVP100
夏になると、両親とともに帰省したのか、小さな子供たちの姿を時折見かけるようになる。この日は天気もイマイチなので適当にスナップ。 刈屋の駅にフラッと立ち寄ると、男の子が虫かごをもって地面に目を凝らしていた。どうやらカマキリか何かを見つけたらしい。思わず自 分も地面を凝視。懐かしいなぁ…。こうやって夏休みを過ごしていた頃から、もう20年近くが過ぎようとしている。



岩泉線の駅の中で、最も存在感のある駅と言われたら、多くの岩泉フリークが「岩手和井内」と答えるのではないだろうか。白壁青屋根の 瀟洒な木造駅舎は、見てよし、撮ってよし、寝てもよし(笑)。列車の来ない時間にここでボーっとするのも至福のひとときであった。

2001年の夏、スーパーカブで初めて岩泉線を訪れたときのことだった。山田線でマヤ検を撮り、翌朝は押角の定番俯瞰に行こうとマルヨの つもりで岩手和井内へ。すると、いつもは静かな駅前の広場が提灯の明かりに照らし出され、地元の人たちが集まって盆踊りの真っ最中。 駅舎の前ではおっちゃん数名がもうもうと煙を立てながら焼き鳥を焼き、おばちゃんたちが参加者にビールを振舞っている。ラジカセの割 れたような音をBGMに、帰省してきた家族が総出で短い夏を楽しんでいるようだった。バイクを停めた私に、どこから来たのかとおっち ゃんが尋ねる。京都からフェリーに原付を乗せて来たこと、山田線や岩泉線を撮っていることなどを話すと、遠くから来たなぁ、食え、飲 め、とおっちゃんは焼き鳥・ビールを勧めてくれた。地元の人と輪になって踊ったあの夜の思い出も、駅舎の消えた今となっては文字通り 夢か幻のようである。

04・05・01 岩手和井内駅 MamiyaM645SUPER SEKOR A150oF2.8 RVP100
前述の芝桜ポイントで撮った「岩泉号」の返しは、どこかアングルがないか彷徨った末、岩手和井内の裏手の山から俯瞰することにした。 郵便局の脇の踏切を渡ってダートの林道を道なりに。途中でレンタを捨て、機材を担いで15分ほど上がると、左手に和井内の白い駅舎が小 さく見下ろせた。こうして鳥瞰すると、刈屋川のほとりに開けた狭い谷間に和井内の集落がひっそりと佇んでいる様がよくわかる。集落は 画面左端を過ぎた所で途切れ、そこから岩泉線は難所押角峠に向かって山に分け入って行く。まだまだ木々の芽吹きには早かったが、初め ての撮影地なので期待して待った。天気はすっかり回復してバリ晴れ。さぁ来い!と思った瞬間に薄雲が出現。やや露出が落ちる中、混結 キハが駅に滑り込んだ。それでも旧ベルビアのバケペンはアンダーで撃沈したが、ベル100のマミヤは実効感度と発色の関係か、無事に仕上がって いた。

 
左:02・05・04 岩手和井内駅 PENTAX67 smcPENTAX90oF2.8 RVP(+1)
右:02・05・04 岩手和井内駅 PENTAX67 smcPENTAX165oF2.8 RVP(+1)
春の岩手和井内には桃源郷という言葉がピタリと似合う。昔話にでも出てきそうな建物に八重桜・リンゴの花、そして背後の新緑の山。早 朝からの撮影を終えた我々は、ここでスナップでもしながら一休みすることにした。ベンチでうたた寝していると、風の音で目が覚めた。 昨日に比べ天気が下り坂の今日は、春というのに風が強い。ということは、八重桜の花びらが舞い散るのでは!? 思いついたら居ても立って もいられない。ペンタ165で気合を入れて構図を作る。緑の風が頬をなでた。チャンス!レリーズを握りながら覗くファインダーに、ピンク の吹雪が舞い降りた。

04・08・11 岩手和井内駅 NikonF4s AFNikkor20-35oF2.8 RVP100
和井内の駅は夜の情景も趣き深い。国鉄色との組み合わせは映画のセットでも見ているようだった。確かこのとき一緒に撮っていた達人諸 氏との話題は、駅名標の地名表記が市町村合併で宮古市になるのが先か、キハ52が落ちるのが先か、駅舎が建て替えられるのが先かといっ た話題だったと記憶している。あれからたった3年、多少の前後はあったにせよ全てが変わってしまった。



岩手和井内を後にした列車は、いよいよ岩泉線のハイライト押角峠に向かって高度を上げて行く。大山塊とそこに切り開かれた頼りなげな レールとの対比は、見る者を圧倒せずにはおかない。当然の如くこの区間には多くの撮影地が点在した。いずれも高度のある足場から谷間 を行く岩泉線を見下ろす俯瞰アングル。そう、私はこんな風景を撮りたかったのだ。

05・07・17 押角−岩手和井内 PENTAX67 smcPENTAX300oF4ED RVP(+1)
RMに掲載された目氏のギャラリーで最もインパクトがあったのが、1項大で誌面を飾ったここ、通称「エビス俯瞰」の写真だった。どう してもこのアングルを押さえたいと思い、2002年のGWに花輪線の国鉄色運用を捨ててまで登ってみた。快晴の下、新緑全開で激X。ただ、 色は赤鬼盛岡色だった。当時はキハの色はあまり気にしていなかったが、次第に国鉄色で撮り直したくなるのが鉄人情というもの。再挑戦 の機会は3年後の7月、「海の日号」を撮りに行ったときにやってきた。この日の岩泉朝運用は国52登板の予定だったが、多客期の恒例、 恐怖の白キハ増結で撮る側としては一気にテンション急降下。だが待てよ、こういうときこそ2両目が見えない面屋根アングルが有効では ないか!身の丈程の草に覆われた獣道をラッセルすること15分、線路の方向を見ると、周囲の木の成長でかなり危うくはなっていたがアン グルは生きていた。確かにシャッターチャンスは一瞬、難しい勝負だったが、緑一色の中を進む国鉄色を3年越しで極めることができた。

07・08・12 押角−岩手大川 PENTAX67 smcPENTAX300oF4ED RVP(+1)
秘境押角駅を北側の国道から遠望する場所は幾度もガイドに掲載されてメジャーになったが、南側から見下ろすポイントの存在を知ったの はつい最近のことだった。とにかく取り着きから藪漕ぎ直登、尾根筋に出たらひたすら登り続けて約40〜50分というハードな所らしい。単 独行でのチャレンジは諦めていたが、最後の夏、幸運なことに知り合いの達人諸氏に同行して行く機会を得た。千載一遇とはまさにこのこ と。だが、話に聞いていた通り、立ち位置までは遠かった。しかもこの日は盛岡で今夏最高の37℃を記録した日。尾根筋に出た時点でTシ ャツは絞れるのではないかというほど汗でびしょ濡れ。途中休憩を入れつつ、登頂までたっぷり小1時間を要した。それでも、登り切ると その爽快感から疲れも吹っ飛ぶのが大俯瞰の醍醐味。カメラ3台を据えて列車を待った。8時半、峠を下って国52が到着。苦労した分シャ ッターを切って切って切りまくる(笑)。極まった!

02・05・03 押角−岩手大川 PENTAX67 smcPENTAX300oF4 RVP(+1)
こちらが定番中の定番、国道340号からの押角俯瞰。圧倒的なボリュームで折り重なる山々の谷底を、ポツンと単行のキハが行く。この年の 新緑は本当に美しかった。白キハでしか撮れず、国鉄色をここでモノにすることはできなかったが、それでも充分満足なくらい素晴らしか った。

07・10・06 岩手大川−押角 PENTAX67 smcPENTAX165oF2.8 RVP(+1)
キハ撤退の約1年前に突如として出現した俯瞰アングル、通称「新伐採地」。未踏のアングルが多かったためなかなか手が回らなかったが、 10月のLIBERTY氏ツアーで遅まきながら初登頂を果たすことになった。押角峠のサミットを越えて岩手大川に向かって左右にカーブを切りな がら下り込んでくる線形が延々と見渡せ、遠景のS字、近景のトンネル抜け、真横の鉄橋と3発いけると評判だったが、既に秋も深まりつ つある10月ではS字は光線的に厳しかった。行きの683Dは直前に谷底から上がってきた霧雲にやられてマンダ〜ラ。返しは太陽の周りを細 かい雲がチラついてヒヤリとしながらも、トンネルの部分はバッチリ頂戴することが出来た。でも、ここは新緑・紅葉がベストだったのだ ろう。この時期では山が真っ黒になってしまった。

02・06・06 岩手大川−押角 PENTAX67 smcPENTAX165oF2.8 RVP(+1)
峠を降りてきた列車は、最後のトンネルを抜けると大きくカーブした鉄橋を渡って岩手大川の駅に滑り込む。この鉄橋は以前RM誌で紹介 されたこともあり、割合よく知られた場所であった。この日は午後の685Dを川代で狙うも直前スポット雲にやられ、返しの686Dに一縷の 望みを賭けてこのポイントにやって来た。一番日の長い6月、上手くいけば日没寸前で日が当たるかもしれない、いや、当たってくれ!祈 るような思いで67を構えた。17時を回ると画面左手から少しずつ、だが確実に影が伸びてくる。やがて鉄橋左半分は影に沈んだ。構図を 右に振って粘る。撮れるのか?撮れないのか?17時38分、岩手大川発車。列車はすぐに現れた。セーフ!レベルライトのオレンジエロエロ 光線に国鉄色が照らし出される最高の演出。タイフォンを響かせながら国52がトンネルに消えると、間もなく鉄橋全体が山陰に覆われた。



押角峠と並ぶ岩泉線もう一つのハイライトが、岩手大川−浅内間である。巨大な山々に飲み込まれそうになりながらひたすら隘路を抜けて きた峠区間とは対照的に、6連コンクリアーチ橋あり、藁葺き屋根の民家が残る箱庭的農村風景ありと変化に富んでいるのが大きな魅力。 いつしかアーチ橋を山中から俯瞰する場所は“グランドマスター”、藁葺き農家を見下ろす場所は“スーパー川代”と岩泉線に通う猛者た ちから呼び慣わされるようになり、私も夢中になって通ったものだった。

03・10・11 岩手大川−浅内 PENTAX67 smcPENTAX300oF4ED RVP(+1)
5年ほど前、とあるベテラン鉄ちゃんからの年賀状で岩手大川−浅内のアーチ橋が俯瞰できることを知った。色づき始めた山肌を背にして 6連アーチ橋の上にDE10プッシュプルのマヤ検。この強烈なイメージが刻み込まれて半年余り、秋臨で「懐かしの52・58号」の運転がアナ ウンスされた。迎え撃つ場所はアーチ橋俯瞰!迷いはなかった。とはいえ実際現地に行くと、幾つも分岐を重ねる獣道をどう進んだらいい のかが全くわからない。スパイダーマンもビックリの急斜面にアタックしてみたり、同行のコサカミ氏と手分けして分かれ道を探ったりする うちに、列車の時刻が容赦なく迫ってきた。とにかく無我夢中。最後の左斜め後方へのターンを見切ると、先に構えている鉄ちゃん諸氏の 声が聞こえてきた。トライ&エラーを繰り返すこと1時間半、本番20分前にようやく立ち位置に到着。息を整える間もなくペンタ300&マミ ヤ200で戦闘体制に入る。苦労の末、狙っていた構図でターゲットを仕留めることができた。

05・11・02 岩手大川−浅内 PENTAX67 smcPENTAX90oF2.8 RVP(+1)
行くだけで相当な労力を要する俯瞰ポイントは、一度極まると「これでもう行かなくて済む」という安堵感に包まれる一方で、しばらくすると 「また行きてぇ」という欲求が沸々と湧いてくる。冷静に考えて鉄活動における究極のパラドックスの一つだと思うが、実際そうなのだから仕 方がない。

「52・58号」を撮ってから2年後の2005年秋、朝運用で国52ダブル実現!の報を聞くや、鉄の悪い病気が頭をもたげ始めた。本来ならば平日だし 仕事を理由に諦めるところだが、このときは運悪く(?)あきんどカントクから速攻でオファーがかかった。曰く「“グラマス”キックターン究極 の朝練をやろう!午後には東京に戻って出社だ」。これに休暇を取得した★氏も賛同し、急遽弾丸ツアーが決行されることになってしまった。

前夜0時に★氏号で出発し、3交替制で東北道を爆走。国道106号に入ってからもあきんどカントクのハンドリングが冴えに冴え、どうにか7時の 時報と共にグラマス入口に辿り着いた。あとは山道をただ進むのみ。熊シーズンということでラジカセ持参でカントクが先頭を行く。フルボリュー ムで流れる季節はずれのサザンの声を聞きながら、★氏と私が後に続く。毎月のように登頂しているカントクのお陰で、今回は彷徨うことなく立ち 位置に着いた。先客は約10名。平日の朝ということを考えると驚きである。だが、周囲を見回すと、先客諸氏は各地でお会いする達人ばかり。鉄世 界の狭さにもまた驚きである。

さて、問題は光線。日の出時刻から考えて683Dは半分諦めだろうと覚悟していた。案の定、画面左半分が暗いままで列車は通過。必然的に勝負は 返しの684Dということになる。ジワリジワリと日の当たる範囲が広がってきた。背後の山も赤く燃えるような色に染まってきた。もう少し、もう 少し…。我々の願いが届いたか、ギリギリでアーチ橋左端まで日が回った。さぁ来い!山間に2両のキハ52のエンジン音が響いてきた。ゆっくりと ゆっくりと2両の国鉄色がアーチの上に乗る。渾身の力を込めてレリーズを握り締めた。

05・07・16 岩手大川−浅内 PENTAX67 smcPENTAX165oF2.8 RVP(+1)
グランドマスターのアーチ橋を過ぎて国道を数キロ進むと、小本川に沿って開けた川代という集落に出る。この辺りから再び岩泉線は里のローカル線 へと姿を変える。狭い谷間に切り開かれた水田と、今なお残る藁葺き屋根の農家。絵に描いたような「日本的」農村の姿が国鉄色にはよく似合っていた。

河岸段丘上の道から田んぼの中のカーブを見下ろすのがこの付近の定番アングルだが、そこからさらに奥の採石場跡(?)の斜面を上がった所が通好み の俯瞰ポイント、通称「スーパー川代」。ここを初めて訪れたのは2004年のお盆だった。知り合いのベテラン鉄ちゃんの後を付いて草刈りしながら山 登り。しかし、汗だくになって辿り着いた割には直前曇天で結果は×…。ベテラン氏によると、川代周辺は夕方になるとちょうど雲の通り道になって、 列車通過時刻は曇ることが多いのだとのこと。チャンスは1日1回、16時15分通過の685Dのみ。悔しいが再訪を誓って下山した。

リベンジを果たしたのは翌年7月だった。日中は山田線で「海の日号」を撮り、夕方から岩泉線に移動して再戦のリングへ。この日は全体的にモヤって いたが、逆に太陽を覆い隠すような雲はなかった。16時を過ぎても露出はMAX。数分後、ギラギラ光線のまま、国鉄色が箱庭の中に綺麗に納まった。

 07・08・09 岩手大川−浅内 PENTAX67 smcPENTAX165oF2.8
 PENTAX67 smcPENTAX165oF2.8 RVP(+1)

この夏は、同じスーパー川代を標準系のレンズで極めてみたいと思っていた。背後の山の稜線まで入ってまた違った絵が作れるはずである。 ところが、国鉄色がA65に入ったこの日は恐ろしく天気が不安定。朝から曇ったり薄日が射したりの繰り返しで、川代集落に来た頃には小 雨まで降り始めた。意気消沈。スーパーは諦めて、定番の道から見る鉄しようとボーっとしていた。と、突然雨脚が弱くなり、西の空から 雲が割れて夕日が顔を出し始めた。眼下の集落が急速に明暗のコントラストに染め上げられていく…。手元の時計を見ると、もう16時を回 っていた。採石場までは間に合うまい。ならばと直下の鉄橋だけをペンタ165タテで切り取ってみた。重厚なジョイント音を響かせながら、 短い橋を単行のキハ52が行く。これはこれで面白いカットをものにすることができた。



駅舎の貫禄という点では岩手和井内や岩手刈屋に敵わないが、岩泉の市街に向けて小本川の谷間が広がっていく玄関口浅内も、捨てがたい 魅力を持つ駅だった。小中合同の学校とガソリンスタンド1軒、それに個人商店が数件というこじんまりとした集落に簡素な駅舎。だが、 構内は異様なほどに広く、交換設備が失われた島式ホームの先には、蒸機時代の名残である給水塔が今も残されていた。全線開通まではこ こが終点だったと聞いて納得。国鉄全盛など知る由もない世代の私でも、ここに残された遺構を見ていると、C58が貨物を牽いて行き来し ていた岩泉線華やかなりし頃が瞼に浮かんでくるようだった。

 
左:04・04・29 浅内駅 NikonF4s AFNikkor50oF1.4 RVP100
右:04・04・29 浅内駅 NikonF4s AFNikkor80-200oF2.8 RVP100
木製の電柱や赤く錆びた引込み線のレールなどストラクチャーがフォトジェニック。列車を撮るのに適した定番撮影地というわけではない が、行くとついつい立ち寄って長居してしまう不思議な駅だった。さささ先輩と訪れたこの日は白キハが運用に入っていたため、走りの撮 影もそこそこに構内でスナップばかり撮っていた。背後の山が冬枯れなのがやや物足りなかったが、あと2週間もすれば、きっと目を見張 るような若葉色がこの駅を包み込むに違いない。



浅内から先は1972年開通の新線区間。今やローカル線の代名詞となっている岩泉線だが、全線開通は意外に新しい。当然浅内−岩泉間は建 設方式も大幅に近代化されており、幾多のトンネルと長大なコンクリ橋を駆使して複雑な地形を渡っていく。しかし、だからといって撮影 地がないわけではない。終点間際の金山峠からの大俯瞰は、岩泉線の旅のフィナーレを飾るにふさわしい大パノラマで我々撮影者を魅了し た。

 06・11・04 浅内−二升石 NikonF5 AFNikkor300oF4ED RVP100 PENTAX

岩泉線に通う同好の士の多くが、沿線風景や国鉄色キハと並ぶ同線の見所として「ボンネットトラック」を挙げる。林業が盛んなこの地域 では、切り出した材木を輸送するのに未だ昭和テイストの濃いダークグリーンのボンネットトラックが現役で奮闘しているのだ。丸太を満 載して峠に挑む姿は近頃の薄っぺらい鉄道車両よりもはるかにカッコよく、バスやトラックは対象外の私でも押角のヘアピンカーブでコイ ツを見かけると思わずカメラを取り出したくなったものだった。そんなトラックに荷を積み込む貯木場が浅内の先にあった。その入口から 真正面に岩泉線のトンネルを望むことができる。バックの紅葉に惹かれて、11月の臨時列車をここで狙ってみた。

04・08・11 二升石−岩泉 PENTAX67 smcPENTAX300oF4ED RVP(+1)
二升石の駅を出て間もなく、列車は大きく右にカーブを切って国道を跨ぎ、小本川を渡る。ちょうどその正面に聳える屏風のような山の上 に、木々の陰からチラリと白いガードレールが見える場所がある。ここが岩泉線撮影のクライマックス、金山峠の大俯瞰である。ポイント へは、岩泉の駅のさらに先にある郵便局付近からダートの林道を延々20分ほど登って行かなければならない。大雨の度に雨水の通り道とな るのであろう、林道には無数の溝が深く刻まれ、左右には拳大の石が散乱していた。2駆の軽でアタックするのはヘタなゲームよりもはる かにスリリング。何度登り口付近の農家に停めてあるジムニーを羨望の眼差しで見つめたかわからない(笑)。
それでも、登頂すると苦労を忘れる大パノラマが待っていた。二升石の駅入線から小本川のコンクリ橋までが一望でき、撮る者としてはレ ンズの選択に困るほど。クリアーな晴れに恵まれた今日は、ペンタ300タテで国道をカットしたアングルで構えることにした。16時20分頃、 視界の奥からツートンのキハ52が登場。静かに二升石の駅に滑り込み、すぐ発車。エンジンの音を高ぶらせながら、ゆくりと大カーブに差 し掛かる。夏の鋭い西日を受けて車体側面が光る。絶景に息を飲みながら、そっとシャッターを押し、この一瞬を切り取った。



終点岩泉の駅は、岩泉線のものとは思えないほど立派で大きい。コンクリ2階建ての駅舎に駅前ロータリー、その隣には中古車展示場のよ うな巨大な無料駐車場が広がる。だが、その割には駅舎の中は数脚のベンチ以外はガランとして殺風景なことこの上ない。たった1面のみ のホームも、駅舎の規模に比べると不釣合いなこと甚だしい。終着駅というには、それらしい作品を残すのに苦労する駅であった。

 
左:04・06・14 岩泉駅 NikonF4s AFNikkor300oF4ED RVP100
右:04・06・14 岩泉駅 NikonF4s AFNikkor80-200oF2.8 RVP100

 04・06・14 岩泉駅 NikonF4s AFNikkor50oF1.4 RVP100 PENTAX67NTAX

   04・06・14 岩泉駅 NikonF4s AFNikkor50oF1.4 RVP100 PENTAX67NTAX

この日は685Dを川代で極めようと勇んで出撃したが、見事に敗北。折り返しまでの暇つぶしにフラッと岩泉駅までやって来た。日中の快晴 はどこへやら、気付けば西の空には巨大な雲が出現している。これでは返しの金山峠俯瞰は良くてマンダ〜ラ、最悪全面曇天で終わりそう な雰囲気だ。ならば停車中の国52と戯れた方がいいか!ホームの端で三脚を立てていると、たまたま駅に散歩に来ていた地元の家族が写真 を撮って欲しいという。スナップのネタがなくて困っていたこともあり、気合を入れてセッティング。ご家族にポーズをとってもらい「1 +1は〜…ニ〜ッ」と1カット。できた写真は後日郵送にてお送りした。やがて発車時刻が迫ってきた。運転士が懐中時計を確認しながら 運転台へ。17時20分、686Dは再び茂市に向けて発車していった。



振り返ると短い6年間だった。京都に住んでいた頃に比べれば近いとはいえ、東京−盛岡は500q超。そこからさらに各撮影地まで50〜100 qの道程である。年にそう幾度も通い倒せるわけではない。撮り残したアングル、撮り逃した季節は数知れない。しかし、限られた時間の 中で、岩泉線は忘れかけていた私の「ローカル線」像を思い出させてくれた。風格漂う木造駅舎や板張りの小さな1面ホーム、それにファ インダーを覗いて思わず身震いするほどの雄大な自然。そして、そこを走る未だ自動化・効率化されざる単行のディーゼルカー。かつて機材 らしい機材も持たず、ただ乗って思い出を残していただけの頃の印象を、少しでも写真という形で残したかった。それが僅かながら叶った だけでも、この6年間は私にとって紛れもなく“奇跡”だったといえるだろう。

04・08・14 岩手和井内駅 NikonF4s AFNikkor80-200oF2.8 RVP100
最終列車が行った後も、駅の照明はしばらく灯り続けていた。白色の電球に照らされた駅名板にレンズを向ける。映画「となりのトトロ」 にでも出てきそうな1コマ。やがて、タイマーが切れたのか、駅の明かりが突然消えた。白い木造駅舎が夜闇に溶けていく。星のとても綺 麗な、とても静かな夜だった…。

−完−



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