鉄路百景 GALLERY02.桜舞う鉄路の物語01

GALLERY02 桜舞う鉄路の物語

1.2003年 急行「くまがわ」花道を行く

どうしても撮りたいアングルというのがある。人の作品を見て刺激を受けたり、自分で発見したマル秘ポイントでオイシイ団臨が入るのを 待ち望んでいたり…。2003年当時、そんなどうしても撮りたい一つに「西人吉の桜」があった。場所自体は九州のメジャーポイントの一つ であり、何度か雑誌等で目にしたことはあった。だが、最も大きなインパクトは、大学のOB会写真展の際に先輩が全紙サイズで持ち込ん だ、満開の桜並木を行く急行「くまがわ」の絵であった。これは極めたい、どうしても極めたい…。そんな衝動に駆られてから1年半が過 ぎようとしていた。

とはいえ、桜の撮影は秋の紅葉と並んでタイミングを測るのが難しい。しかも地元ならばいざ知らず、狙いは遥か千q以上離れた熊本県の 山中である。日々仕事から帰宅するたびに桜の開花情報サイトを巡り、チャンスを窺った。そして…決行日は3月29日土曜と決まった。ネッ ト情報ではちょうど人吉の桜が満開、天気予報も晴れ時々曇りの降水確率10%、何よりこの前日は春期講習中の早番で、18時に菊名で勤務 終了。変則日程で1日しか休みはないが、定時即上がりで新横浜に直行すれば九州までその日のうちに新幹線で乗り込める。全ての条件は 整った。そこへさらに吉報。鉄仲間の小砂川−上浜氏(以下コサカミ氏)が堅田からクルマで参戦されるとのこと。協議の末、22時岡山で合 流し2M運転で人吉へ!ということになった。

当日はプランの都合上職場に機材を持ち込まなければならない。スーツに銀箱というアヤシイ姿を上司や同僚に見られないように超早出で 出勤し、何事もなかったかのようにオシゴト。夕方、定時を見計らって人目を盗んで職場を脱出し、やっぱりアヤシイ姿で新横浜へ。ホー ムのソバ屋で腹ごしらえをして、広島行き最終「ひかり」に乗り込んだ。

岡山には22時頃到着。西口ロータリーで待つコサカミ氏と無事合流し、一路山陽道を西へ向かう。一人が運転、一人が睡眠の完全交代制2 M運転。オレンジの街灯だけが静かに車窓を流れる。今思い出してもどこで運転交代をしたのかほとんど記憶がない。ただ間違いないの は、体力的に非常にキツかったのと、きちんと関門大橋を渡って九州入りし、翌朝7時には撮影地のオーバークロスに辿り着いていたこと だけである。天気は予報以上の晴れ。桜は予報通り今を盛りと咲き誇っていた。

03・03・29 西人吉−渡 PENTAX67 smcPENTAX300oF4ED RVP(+1)
 天気バリ晴れ、桜満開!! 最高条件で「くまがわ1号」はやって来た。そう、この一瞬のために我々は遥かな距離を踏破してきたのだ!

肥薩川線のクィーン、急行「くまがわ」。全面ブルーの車体色に敬遠する鉄ちゃんも多いが、誰が何と言おうとJR九州最後の急行であり、 キハ65最後の優等列車仕業である。往年の四国のように円形のヘッドマークを掲げているのもよい。昨夏、ふと海路の俯瞰に立ち寄ってか らその魅力に気付き、密かに注目していた被写体だっただけに、シャッターを切った瞬間思わず2人で雄叫びを上げた。「激Xッ!!!」

普Dや後追いの「くまがわ6号」までやって次のアングルに移動。昼前後は夏に訪れた海路の俯瞰に上がることにした。川沿いの国道から 急勾配で山中へ消える林道に入る。いくつかのヘアピンカーブを過ぎ、茶畑の前で駐車。畑の突端からは、眼下に球磨川の流れと肥薩線の 線路を望むことができる。藁葺き屋根の農家の裏には、ちょうど見頃の桜が1本、ピンクの花弁でその存在を主張していた。

 03・03・29 海路−吉尾 PENTAX67 smcPENTAX300oF4ED RVP(+1)
  深緑の球磨川を横目にキハ140が行く。屋根上はツルツルでもエンジン
 が換装されていても、パッと見は国鉄型キハ40。今後もローカル輸送に活
 躍してもらいたいものである。

以前来たときにはこの茶畑から撮っただけで満足していたが、そういえば海路の駅を俯瞰するポイントは一体どこなのだろうか。持参の撮 影地ガイドの矢印はこの立ち位置付近に記されているのだが…。そう思って辺りを見渡すと、後方斜面にそれらしき足場を発見。早速ガサ ガサと藪を掻き分けると、コンクリの法面に梯子が設置されていた。機材フルセットを担いで上段まで上がり、木々の切れ間を探し当てる。 目の前には蛇行を繰り返す球磨川と、それを忠実にトレースする2条の鉄路が広がった。ここですよ、ここ!広めにペンタ165oでもよいが 、今日は海路駅付近に咲く桜を目立たせたいので300oで勝負!やがて、タイフォンを山峡に響かせて、「くまがわ8号」が春の舞台に姿を 現した。

03・03・29 海路−吉尾 PENTAX67 smcPENTAX300oF4ED RVP(+1)
 絶景の中を青い急行が行く。これぞ春!シャッターを切る瞬間=至福の瞬間(とき)…。

確かな手応えをつかんで、午後は葉木の俯瞰に移る。ここは昨年の夏巡業で探し当てたニューアングル。砂防ダムから葉木駅付近を見下ろ すのだが、私の記憶が確かなら、桜並木が線路に沿って続いていたはず。まさにこの時期のためのポイントなのだ。現地に行くと、やはり! 線路と平行して桜が咲き誇り、まさに脳内情景がそのままリアルな世界で実現しているようであった。しかし、惜しむらくは遠方信号の位 置。これを画面の右端でカットすると編成の収まりがややキツい。仕方なくバランス重視で信号はチラリと入れてセッティング。間もなく 「くまがわ5号」が滑るようにファインダー内を通過した。

03・03・29 葉木−鎌瀬 PENTAX67 smcPENTAX165oF2.8 RVP(+1)
 満開の桜に見送られて葉木を過ぎる「くまがわ」。肥薩川線には、こんな川を絡めた俯瞰がまだまだ無尽蔵に隠されていそうである。

花も見頃で天気も上々、いつまでもこうして撮影していたいが、ここは異国の地九州。明日の朝にはもう横浜での仕事が待っている。名残 惜しいが、ここらで撮影を切り上げることにした。コサカミ氏に坂本駅で突放してもらう。坂本では16時15分に「くまがわ7号」と「同10 号」が交換する。私は10号に乗って撤収。コサカミ氏は明日も九州に残留し、西方で「なは」を狙うという。

03・03・29 坂本駅 PENTAX67 smcPENTAX105oF2.4 RVP(+1)
 歴史を感じさせる坂本の駅舎。旧鹿児島本線だったこのローカル線には、列車だけではなく絵になるストラクチャーも多い。

渋い木造の坂本駅では、切符も渋く手書きでの発行だった。数十分の待ちで「くまがわ」が到着。交換を撮りたかったがイマイチ構図が決 まらず、そのまま乗車。さっきまでの被写体に乗ってしまうというのも妙な気持ちだが、河口に向かって川幅が広がっていく球磨川を眺め ているうちに八代を過ぎ、熊本着。ここから特急「つばめ18号」に乗り継ぎ、博多から東京直通最終「のぞみ」に滑り込む。横浜の寮に帰 り着いたのは日付が変わる直前であった。

翌日は何事もなかったように出勤。「そろそろ桜も咲き始めたねぇ。今年はどっかお花見行くの?」と尋ねる上司に、「いやぁ、人吉の桜 はきれいでした!」とさらりと微笑む。一瞬凍りついた上司の顔を今でも忘れることができない(笑)。

このツアーから約1年の後、鹿児島本線南端の3セク化とともに、急行「くまがわ」はキハ185系の「九州横断特急」へと生まれ変わった。 結局、桜と看板を掲げたキハ58・65の組み合わせはこのシーズンが最後だったことになる。貴重な撮影対象がまた一つ消えていった…。



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