Memorial GALLERY


     2026.03.14

1996.03.14 武蔵白石−大川
 Tokina70-210oF4-5.6 RDU

3月は別れの季節。特に今年は高3担任として6年間面倒を見た生徒たちを送り出したので、とりわけそれを強く感じる。鉄ちゃんの世界でも、例年春の改正で多くの名優が姿を消す。この時期は最後の勇姿をファインダーに追うのが恒例となっていた。しかし、ここ数年は別れを惜しむべき被写体がほとんどなくなり、感傷的になることも少なくなった。世間的には中央西線のロクヨン、飯田線の213系などが話題になっているようだが、夕方に1本だけの単牽きスカコキの貨物では行くのも億劫になり、無機質なステンレス近郊型電車は風光明媚な伊那谷とはいえあまり私には刺さらなかった。

思えば、春改正に大きな喪失感を抱いたのは、ちょうど今から30年前、1996年のことだった。西日本では山陰京都口の「あさしお」・「丹後」が消え、東日本では165系の急行「東海」、鶴見線のクモハ12、八高線のキハ30といった“the 国鉄”な車両たちが一斉に鬼籍に入った。受験生生活が始まろうとする高2の3学期だったが、そんなことに構っている場合ではなく、折を見ては褐色の古武士に揺られて早朝の武蔵白石を訪れ、新子安でヘッドマークも凛々しい「東海3号」を撮り、夕暮れの大川駅で白熱灯の光が漏れるリベット車体をバルブした。

この日は、修学旅行の出発前日で半ドンなのをいいことにカメラ持参で登校し、学校からそのまま鶴見線に向かった。15時頃には現地入りし、RM誌で目にしていた西日を浴びて白石運河を渡るシーンを狙う。作例は300oだったが、手持ちの最長レンズは望遠ズーム端の210o。左右がスカスカなのもみっともないので、タテ構図でセットした。足回りは見えないものの、京浜工業地帯を行く大川支線らしいハイライト。遥か遠方の線路を注視していると、ぶどう色の17m級国電がゆっくりと姿を現した。この後は日没後の武蔵白石の急曲線ホームでバルブ。これがクモハ12を見た最後となった。



Memorial GALLERYへ