Memorial GALLERY


 2021.03.05

2000.03.05 伊勢崎−駒形 NikonF4s AFNikkor80-200oF2.8 KR

春は別れと出会いの季節、特に3月は年度終わりということもあり、別れの場面が目立つ季節である。鉄ちゃん界でも事情は同じく、毎年3月第2週のダイヤ改正は 過去幾多の名優が線路上を退く惜別の季節となってきた。今から21年前は、“スーパーエクスプレス・レインボー”が引退を迎えることになり、我々も●ヤ情誌で運 用を追い掛けては行動計画を練っていた。この日はRSEC主催の団臨で、ロクイチ・キューゴーのプッシュ・プルにより両毛線を往復するというツアー。ロクイチと聞 いてはじっとしてはおれず、2月下旬まで3週間にわたった常紋・留萌SLロケツアーから京都に帰還して息つく間もなく、大垣救済臨で関東に上って来ていた。

どういう経路で現地入りしたかもう記憶は定かではないが、手元のメモ帳によると高崎駅でかけそばを食した記録があるので、夜行で上京したその足で高崎線を北上 し、両毛線で伊勢崎に入ったようである。定番撮影地ゆえ団臨が入線すると毎回それなりに人が集まるが、今回はEF58 61が先頭に立つ「さよならレインボー」とあ って相当パニックになる…かと思いきや銀箱に乗ってハスキー4段を伸ばせばどうにかなるレベルだった。熟練の技などなくとも押せば写るデジカメが普及した昨今 と異なり、それなりの写真を撮ろうとすればそれなりの経験と腕が必要だったあの頃は、集まる人々も皆心得たもので、整然と雛壇が組まれていたのであろう。マミ ヤ645とニコンF4で2台切り体制を敷いて列車を待った。

周囲と談笑しながら過ごすこと1時間余り、花粉と砂埃舞う早春の上州路に、ロイヤルエンジンを先頭にした紅白のジョイフルトレインがやって来た。黒山の人だか りから一斉にシャッター音が鳴り響く。私もどうにかXを1枚。しかし、KRで撮った35判のポジはあれども、同時に切ったはずの645判は残っていない。そう、緊張 感からか1発切りのブローニーは微妙に切り遅れてやや前がカツくなり、当時の厳しい私の眼鏡には適わずボツコマとなったのだった。あれから長い年月が経った。 ゴハチも客車も消えたが、最後尾にぶら下がるキューゴーだけは今なお現役。このカマの塗色の由来も知らないキッズたちを、現在も線路際に引き寄せている。



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