Memorial GALLERY


 2019.12.28

1999.12.28 近江長岡−柏原 NikonF4s AFNikkor80-200oF2.8 PKR

年末年始の過ごし方も、年とともにずいぶん変わってきた。現在は世界最後の現役蒸機を求めて新疆ウイグル自治区哈密に飛ぶのが恒例行事となっているが、 ちょっと前までは宗谷ラッセルを追って国道40号のアイスバーンを昼夜ひた走っていた。さらにその前は、天候の安定する南九州でブルトレやキハを狙ってい た。こうしてどこで年を越してきたかを振り返ると、その時々の鉄ちゃん界のトレンドの変遷もわかってなかなかに興味深い。今回は今から20年前、学生時代 の1枚である。

この当時の年末は、一人暮らしをしていた京都から千葉の実家に帰省することが多かった。国鉄キハの聖地山陰も、冬場は北西季節風の煽りをモロに食らって 連日の荒れ模様。近畿エリアにも被写体はなくもなかったが、往々にして雪雲の切れ端が流れ込む関西圏は思ったほどには晴れない。やはり冬期にテッパンの 晴れを望むなら空っ風吹きすさぶ関東平野が一番、しかも高尾臨などの美味しいネタも多かった。というわけで、年内のバイトのシフトを全てこなすと、18き っぷを手にひたすら鈍行で東京を目指すのだった。

その途上で立ち寄っていたのが関ケ原越えの区間だった。あの頃の「しらさぎ」は全列車485系で運転。ボンネットあり電気釜ありと終日撮っても飽きなかっ た。この日も近江長岡で途中下車し、午前中は醒ヶ井方の伊吹山バックで過ごした。午後は柏原方に移動して同じく伊吹バックを撮影。山影が迫る中、撤収前 の最後の1枚として「しらさぎ9号」を待った。今見ると何ということのないカットだが、撮った時は冬ならではの斜光線を受けてモノトーンの背景から浮か ぶ国鉄特急色の美しさに思わず手が震えたのを覚えている。



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