Memorial GALLERY


 2019.07.25

1998.07.25 高崎駅 OLYMPUS OM-1 ZUIKO100oF2.8 RVP(+1)

先頃、高崎のEF60 19が引退したとの話を聞いた。近年は国鉄一般色・原形1灯ライトに復元されて信越線のSLで後補機を務めたり、地味に工臨運用に就いたりという 様子を伝え聞くくらいだったが、我々世代が臨客を追い掛けていた頃は“やすらぎ”専用機としてアイボリーに赤・青の帯を巻くアメリカンなカラーリングで独特の存在感 を醸し出していた。だが、手元のポジファイルを探っても、意外に“やすらぎ”正調編成の写真は出てこない。それもそのはず、関東一円では専用のロクマルよりもただの PFが先頭に立つことが圧倒的に多く、わざわざ京都在住の大学生が上京して撮るほどのネタでは全くなかったのだった。

とはいえ、幼少期より本で眺めていた華やかなジョイフルトレインに憧れを抱かないわけはない。 DD牽引ならなおのこと。このときは、水上−長岡でロクイチ+旧客の 「レトロトレイン越路号」、上野−水上で原色169系の「急行ゆけむり号」、それに引退間際の初代“なのはな”の運転が重なって、18きっぷで上越線を彷徨っていた。定 宿は24時間開放されていた高崎駅。終電後のホームでぶらぶらしていると、DDに牽引された“やすらぎ”がゆっくりと入線してきた。 これはとばかりに三脚を立てる。 小雨が舞う中、スロフの発電機のエンジン音だけが静かな構内に響きわたっていた。

“やすらぎ”を最後に撮ったのは2001年のさよなら運転のとき。春霞でモヤっとした早春の吾妻線に、このときと同じDD51 842にエスコートされた姿を追った。デーデー 牽引とはいえ架線下、視程も悪くあまりいい写真は撮れなかったが、最後は夕刻の吹上駅でEF60 19先頭の編成を駅撮りして、瀟洒な白いお座敷展望車に別れを告げたので あった。



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