Memorial GALLERY


    2017.10.24

1999.10.24 勝原−柿ヶ島
 Mamiya645 1000S SEKOR210oF4N RVP(+1)

年に2回の定期健診は、いつも我々の関心を集めていた。 全国津々浦々の末端区間まで、線路の状態を検測して走るマヤ34の巡業ツアー。青15号に黄色帯、細身の車体の 両サイドに張り出した出窓を持つ一風変わった出立の17m客車は、エスコートする機関車とのコンビで普段目立たぬローカル線にも彩を添えてくれた。5月、10月は向日 町から北陸方面への回診が行われる。小浜・越美北・氷見・城端そして大糸北線と魅惑の非電化路線が点在するこのエリアは、非常に注目度が高かった。

18年前の秋、●ヤ情でネタをつかんだ我々は、土曜の小浜線の検測から出撃した。 午前中は曇りベースで意気上がらなかったものの、昼を過ぎて天気はグングン回復。十 村−大鳥羽の逆俯瞰でDE10+マヤを押さえ、敦賀港線に転戦したのだった。そして翌日曜は越美北線のマヤ入線。九頭竜川に沿う風光明媚なロケーションを持ちながら、 定期はキハ120の単行のみとさっぱり冴えなかったこの路線に、いよいよ本気で対峙するチャンスがやってきた。1発目を定番一乗谷の鉄橋で極め、越前大野の停車時間を 利用して奥地に追い掛けた。

終点に近い柿ケ島−勝原間には、美味しいポイントが2ヶ所ある。一つは九頭竜川の川沿いを見下ろすアングル、もう一つは第2九頭竜川橋梁のド真横アングル。今回は 往路を鉄橋、復路を渓谷で狙うことにした。切り立つ絶壁をバックにピンク色のアンダートラスが画面を横切る。列車の長さはどれくらい?切り位置は?今なら連写すれ ば事足りる話も、中版銀塩機の一発切りだったあの頃は死活問題。前走りの普Dもない末端区間ゆえ、勘を頼りに構図を決める。さぁ来い!間もなく、意気込む我々に肩 透かしを食らわせるように、列車はマヤを先頭にして歩くような速度で現れた。そう、終点九頭竜湖が行き止まりのため、越前大野以遠は推進運転なのだった。制限は25 km/h。なんだ、これなら余裕である。左右のバランスを目視して、一発のみのシャッターを切った。



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