Memorial GALLERY


 2017.06.20

2000.06.20 笠置−大河原 MamiyaM645 1000S SEKOR A150oF2.8 E100VS

末尾“7”の年は空梅雨。私の浅薄な経験から導き出した仮説である。1997年、浪人の年のこの時期は“禁鉄”の身には毒なほどのバリ晴れ続き。悔しさが募り、予備校帰りに 自宅の最寄り舞浜駅先端で夕日を背負って走る183系「ホームライナーわかしお」を幾度か狙ったものだった。2007年、周囲のバリ鉄諸兄の間で東北方面のブルトレが流行って いた頃。パンダの運転手師匠の転勤送別会で身内鉄ちゃんの徹夜カラオケ大会が開かれていたその夜、東日本最難関と言われていた海峡線に待ち望んだ高気圧が到来。ヘロヘロ になって帰宅する始発電車の中で開いたガラケーには、現地入りした猛者たちからの雄叫び報告が次々と着信したのだった。

ならば今年は?と問われると、巷に溢れる予報士たちは口を揃えて「空梅雨である」と断言するも、晴れるのは被写体もアングルもすっかり失せたどーでもいい所ばかり。肝心な 五能・津軽・八戸などの北東北各線はGPVを見る限りモリモリ予報の晴れ晴れ詐欺が続いている様子である。確かに梅雨入りは全般に遅れている模様だが、いつ梅雨が明けるの か早くもそれが気になる今日この頃である。

17年前の今頃は、近場で手頃なネタということで、関西本線の修学旅行臨を追い掛けていた。目ぼしい被写体はたまに所定のスジで入線する団臨くらいで、加太以外にメジャー な撮影地もあまりない区間だったが、スーパーカブでのんびり沿線を見て回ると、所々に木津川に沿って走る線路を望めるポイントが点在していた。開けている角度は北西方向。 5〜6月の午後遅くに運転される58・28の6連には、ちょうどサイドに日が回る。 こうしてファインダーに捉えると、自身立ち会うことのできなかった保津峡を行く急行「丹後」 が思い起こされた。



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