Memorial GALLERY


 2016.05.25

2000.05.25 米原−醒ヶ井 Mamiya645 1000S SEKOR A150oF2.8 RVP(+1)

1年で最も夜明けの早い5月下旬。当然狙うは日照限界ギリギリのブルートレインである。この日は、下り「銀河」と上りの「さくら/はやぶさ」をターゲットに、深夜の1号 線をスーパーカブで流しながら米原界隈までやって来た。日中は汗ばむほどに気温が上がるが、まだまだ季節は初夏、漆黒の闇をバイクで走るのは寒さとの戦いだった。日の出 とともに水鏡のような水田地帯を見下ろす丘に立った時の爽快感は何物にも代えがたく、うっすらたなびく乳色の靄を切り裂いて「銀河」がサイドをぎらつかせながらファイン ダーを駆け抜けると、あまりの達成感にしばし呆然と立ち尽くしてしまった。

あ…「さく/ぶさ」が来るやんけ!慌てて斜面を駆け下り、バイクに跨って上りの立ち位置に急行するも、残念!ロクロク牽引のブルートレインはアングル設定中に轟音ととも に通り過ぎてしまったのだった。うぐぐ…まぁ、今さら悔しがったってしょうがない。続行の電車でも撮って行くか。時刻表を繰ると、間もなく米原始発の上り浜松行きがやっ て来る。車輌は推定117系、8連だったらなおラッキー。さぁどうだ!?果たして、カーブを切って現れたのは、アイボリーにオレンジ帯の東海カラーを纏った、堂々8連の117 系であった。

国鉄末期に「新快速」として颯爽とデビューして以来、京阪神及び中京圏の都市間輸送改善の旗手として長年活躍してきた117系も、ずいぶんその数を減らしてきたようだ。東海 所属車はすでに絶滅してステンレス電車に取って代わられ、西日本の車両も醜い単色塗りの餌食になりつつある。本来の気品あふれるクリームにブドウ色のカラーリングはかなり 貴重になったと聞いている。東の185系と並ぶ国鉄最後の名車、その優雅な姿を琵琶湖畔に追ってみるのも悪くない。



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