Memorial GALLERY


 2011.10.30

2000.10.30 山都−荻野 OLYMPUS OM-1 ZUIKO100oF2.8 E100VS

蒸機は無装飾で非電化路線がいい。そう信じて疑わない私は、世間が C61フィーバーに沸いても上越線にはいまだに一度も足を運んでいない。 では、非電化でSLの運転が定期的に行われている路線は? と言えば、西の山口、東の磐西が両横綱といえようか。両路線ともライトパシフィ ックの C57が風光明媚な中を走るが、やっぱりカマに看板が付いているのが玉に疵。まぁ最悪「やまぐち号」は、長年のキャリアからすっかり 見慣れてしまったし違和感はないのだが、ヘンテコなイタチ?カワウソ?マークの「ばん物」はやっぱりいただけない。そんな中、一度だけ無 装飾の美しいシゴナナを拝むことができたのが、11年前の秋のことだった。

当時はJR各社の地方支社から次々とジョイフルトレインが引退している頃で、このときも仙台支社の雄“オリエント・サルーン”の最後の花道 として、磐西でイベント列車が企画されたのだった。この日はいつもの「ばん物」スジで往路は長野からやってきた“浪漫”が、復路で“オリサ ル”がノーマークのC57にエスコートされて、秋深まる阿賀野路を走った。朝の天気は雨。五泉の鉄橋は言うまでもなく撃沈。が、2発目の野沢 カーブ辺りから急激に天気が回復してきて、最後の山都の鉄橋はド快晴!しかし、鉄渋滞に阻まれてあと一歩間に合わなかった(泣)。

気を取り直して復路に賭ける。喜多方でラーメンを食してから館ノ原のストレートに陣取った。マミヤをメインにPKRを詰めたF4s、それに秋 らしい暖色系の発色を期待してE100VSを装填したOMもセット。気合いの3丁切り体制である。先行のキハ110 が行った。午後の光線は徐々に高度 を下げて赤みを増してくる。山都発車の汽笛が響いた。「来た!」 西日にキャブを光らせて貴婦人が行く。3本のレリーズを握りしめ、一斉にオ ン。Xやぁ!だが、マミヤだけが無反応。ムム?恐る恐るチェックをすると、前走りのキハを最後にバッテリーが力尽きていたのであった…(涙)。



Memorial GALLERYへ