Memorial GALLERY


 2008.08.06

1995.08.05 幌加内駅 OLYMPUS OM-1 ZUIKO35-70oF3.5-4.5 RDU(+1)

今に至る自分の鉄ちゃん活動の原点は13年前の北海道にある。C62と深名線がラストシーズンを迎えたあの夏、高校生だった私は迷うこと なく学割の周遊券を握り締め、急行「八甲田」で北を目指した。山線でシロクニの咆哮を堪能した後は“最後のローカル線”と謳われてい た深名線へ。函館本線の深川と宗谷本線の名寄を結ぶこの路線は、冬季の豪雪と並行道路の未整備を理由に国鉄末期の廃線ラッシュを奇跡 的に生き延びてきた。運行システムには腕木信号とタブレットが健在。主役は急行色を堅持したキハ53-500。まさに平成の世に残された日 本国有鉄道の生き証人であった。

しかし、さすがは最後のローカル線。区間によっては1日3往復という運転本数では、歩き鉄での真っ向勝負は出来かねる。そこで、初日 は「袖触れ合うも他生の縁」に期待して、キハの車内からそこそこパニっている撮影地を吟味し、宇摩で下車。数人の鉄ちゃんと談笑しな がら蕎麦畑の中でキハを撮った。撮影を終え、さぁ移動という段になって隣の鉄ちゃん氏曰く「歩きじゃ無理だろ、乗ってきなよ!」。あ りがたくお言葉に甘え、お供させていただくことにした(感謝!)。

日中の撮影を終え、すっかり夜の帳の下りた幌加内の駅に来た。砂利敷きのホームをぼんやり照らすのはオレンジ色の白熱灯。暖色の光に アイドリング中のキハ53が浮かび上がる。写真部の連中から借りてきた学校備品の標準ズームでバルブ撮影。やがて、朱鞠内からの列車が 到着すると併結作業が行われ、計5連となった列車はエンジン音も高らかに夜の闇へと走り去って行った。今から思えば、それはあたかも 夏の一夜の幻のような光景であった。



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