Memorial GALLERY
2007.12.15
2002.12.15 越生−明覚 PENTAX67 smcPENTAX300oF4ED RVP(+1)
社会人1年目、あの頃は慣れない業務に追われて落ち着きを失ってしまいがちだった。この日は冬期講習の準備で慌しい中、合間を縫うよ うに八高線の12系団臨へ。終電で実家に帰って車を借り、機材を拾うために横浜の寮を経由してオゴ−ミョウに乗り込むつもりだった。が! 首都高をカッ飛び寮の玄関まで来たところで、実家に鍵を忘れてきたことに気が付いた(汗)。我が機材は壁の向こう僅か数センチのところ にあるというのに…うぐぐ。さすがにドアを蹴破るわけにもいかず半ば自分に呆れながら湾岸線をもう1往復。何ともアホらしい深夜のド ライブの末、未明に第二鹿下踏切に到着した。
現地は日の出前からハスキー4段が林立し、ドエラいパニック状態になっていた。こちらも負けじと背後からハイアングルでブチ抜きセッ ティング。しかし、通過時刻が近づいても肝心の線路に日が当たらない。何せ1年で日の出がもっとも遅いこの時期に高麗川7時台という スジである。光線ばかりは神のみぞ知る…と開き直ったその瞬間、画面の奥にオレンジの光が差し込み始めた。さぁ、もっと来い、もっと 来い!ついに願いは天に届いた。霜の降りた道床が鈍く輝く中、朝もやを切り裂くようにDDのサウンドが響く。首都高2往復分、計2600 円の無意味な支出は、この一撃で相殺された。
この後は、上越線の「リバイバルとき」を撮りに大正橋へ移動。主役の183系が特急マーク無しの間抜け顔だったので意気消沈したが、それ でも苦労して出撃しただけの甲斐はあった、充実した1日だった。
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